あかるあかり

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1/10/2025, 12:07:35 PM

『未来への鍵』

――これは未来への扉。

その女は云った。
彼は目の前の扉を見あげた。
豪奢な装飾が施されている。重そうな扉の、やや高い位置に虹色に耀く金属の鍵穴があった。

――そしてこれが未来への鍵だ。

女が手のなかの鍵を彼に渡す。
平凡なあかがね色の鍵だった。扉や鍵穴のものものしさに見あっていない。

彼は黙ってその鍵を拝受した。
鍵を鍵穴に寄せる。
ふと、女が笑う気配があった。嗤われたのでは、と奇妙な妄想に駆られて彼は横目で女を見やる。女の表情に笑みはない。

鍵は――、鍵穴より明らかに小さい。

「この鍵で、この扉は開かないのでは…?」

彼は囁くように奏上した。
女は――女神は、頷く。

――さよう。

声ではない。空気を震わせる音声ではない。
女神の語りは感情を揺らす。

――ひとの子。おまえたちは未来に辿りつくことはない。

それは絶望の宣言だったろうか。

――おまえたちは未来に辿りつかない。未来の顔をおまえたちが見ることはない。そして、過去に留まることもない。

彼は無力に打ちひしがれたようにうつむいた。
女神は慈悲なくつづける。

――おまえたちは未来にも過去にも存在しない。おまえたちには《現在》しか許されない。

女神が顔をあげるよううながした。彼は視線をあげた。そこには新しい扉があった。

「これは……?」

――これは《現在》。ひとの子にただひとつ許されている時空。

だが《現在》の扉には、鍵穴がない。
彼の戸惑いを女神は聞かずとも汲んだ。

――鍵はない。そう、鍵はない。

――おまえたちには《現在》のすべてが開かれている。

彼は《現在》の扉に手を伸ばした。取っ手すらなかった。簡素な扉に手を当て、ゆっくりと押す。抵抗はなく軋みもなく、扉が静かに開く。開くべくして開く。

女神に礼を。
彼は振り返る。
そこには既に誰もなかった。

あかがね色の鍵がいつかそこに落ちていた。

1/9/2025, 10:52:13 AM

『星のかけら』

土塊をひとつかみ
これもまた地球という惑星のかけら

1/8/2025, 11:06:42 AM

『Ring Ring...』

土星の円環を揺らしたら轔轔と軋みをあげそうな気がする。
天王星の円環を傾げたら凛凛と真空をふるわせるだろう。
どちらも2.7ケルビンに淋淋と佇む、孤独だ。

そして土星や天王星の孤独と私の孤独は、
何ひとつ重なることはない。

1/7/2025, 11:00:12 AM

『追い風』

どうにも手のかかる病気になった。
身体も心も病に喰われる。
鬱鬱として世界はどろどろ。
太陽の耀きは私にだけ届かない。
知らないひとが楽しげに会話する、
その笑い声すら私を嗤っているかのようだった。

世界は私を拒んでいるのだ。

医師もお手あげ気味。
薬も効果はない。
私は弱音を聞いてもらうために通院しているようだった。

「新しい薬が認可されたんですけれど」
仏頂面で医師は言った。
「試してみましょうか」
何度めの新薬だったろう。期待は既にない。
私は人形のように機械的に頷いた。

この薬も効かなかった。
期待しないから裏切りもされない。
私は漫然と顔をあげた。外は夕焼け空だった。

醜くてぐちゃぐちゃで気の狂れたようないつもの夕焼け。

――ではなかった。

空は燃えたつ紅に赫いていた。
身じろぎもしない強張っていたはずの心が揺れた。
紛れもなく、夕映えは美しかった。

世界は端然とそこにあった。

この薬は効いたのだ。
医学は私を取りこぼさずすくいあげたのだ。
医師は匙を投げてなんかなかった。
世界は私を棄ててなかった。

やわらかな風が吹いた。
私がその風に身をまかせれば、その風は追い風だった。

病が完治したわけではない。
それはわかっている。
それでも世界は進む。
私も同じ方向へ進める。

夕映えに向かって吹く風に押されて私は一歩踏みだした。

1/6/2025, 10:11:27 AM

『君と一緒に』

光ない夜に歩まねばならないわたしのこの道に
きみが交叉してくれる可能性

そんな可能性がわずかでもあるなら
交叉をわたしは望むだろうか

天に駆けるとも
奈落に墜ちるとも
わからないわたしの道に
きみという一条の光を?

交わらなくていいよ
ともに在らなくていい
ただここからきみを見あげることができるなら

一瞬きみを手に入れて失うより
きみをずっと仰いでいるだけでいい

神さまを求める狂信者のままでいい

きみと一緒に歩くには
わたしはきっとずっと
―――過ぎるから


怠惰で醜くて、
そしてきみに恋しすぎているから

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