『追い風』
どうにも手のかかる病気になった。
身体も心も病に喰われる。
鬱鬱として世界はどろどろ。
太陽の耀きは私にだけ届かない。
知らないひとが楽しげに会話する、
その笑い声すら私を嗤っているかのようだった。
世界は私を拒んでいるのだ。
医師もお手あげ気味。
薬も効果はない。
私は弱音を聞いてもらうために通院しているようだった。
「新しい薬が認可されたんですけれど」
仏頂面で医師は言った。
「試してみましょうか」
何度めの新薬だったろう。期待は既にない。
私は人形のように機械的に頷いた。
この薬も効かなかった。
期待しないから裏切りもされない。
私は漫然と顔をあげた。外は夕焼け空だった。
醜くてぐちゃぐちゃで気の狂れたようないつもの夕焼け。
――ではなかった。
空は燃えたつ紅に赫いていた。
身じろぎもしない強張っていたはずの心が揺れた。
紛れもなく、夕映えは美しかった。
世界は端然とそこにあった。
この薬は効いたのだ。
医学は私を取りこぼさずすくいあげたのだ。
医師は匙を投げてなんかなかった。
世界は私を棄ててなかった。
やわらかな風が吹いた。
私がその風に身をまかせれば、その風は追い風だった。
病が完治したわけではない。
それはわかっている。
それでも世界は進む。
私も同じ方向へ進める。
夕映えに向かって吹く風に押されて私は一歩踏みだした。
1/7/2025, 11:00:12 AM