「逃れられない」
それはもう
身に染みている
根っからの不幸体質に
漂うエサっぽさに
多分もう完治はしない
のっぴきならない事情から
逃れられない
だけど同じくらい
幸せな出会いもあって
泣きたくなるような優しさも沢山浴びて
今ここに立っていられる
いつだって逃げたい気持ちと戦いながら
不幸すら添え木にして
どうにか踏み止まっている
ぬかるみにしっかと立って
さて 次の目的地は何処だ
「また明日」
このテーマを見て愕然とした
今 この会社に、そう言いあえる人が誰もいない
去年までは三人居た
転勤や退職で皆去ってしまった
クリスティーじゃあるまいに
そして誰も居なくなった
皆 此処を去る時には
変化が億劫で此処にいる私の
きっと何倍もエネルギーを使った
私もいつかは此処を去るけど
その前に
また明日と また誰かに言えたら良いな
「透明ーとうめいー」
と書かれた絵の具のチューブの蓋を
ゆっくりとねじって
パレットに絞り出す
やまぶき色とビリジアンの隣
微かに薄荷の匂いがした
そのまま筆でくるくると溶いて
描きかけの絵の上から
まんべんなく塗っていく
封印していた記憶ごと
凍結していた哀しみごと
密かな痛みごと
透明になれ
ただの過去になれ
消し去りはしないし忘れてもやらぬが
ただの記憶になれ
及ばずながら
貴方の痛みも塗り潰せたらと
また ゆっくりと蓋を戻す
涙にも似た透明な絵の具
「理想のあなた」
10代の終わり 夢の中に出て来た人を
密かに運命の相手だと思っていた
知らない人達と海に行って
お決まりのスイカ割りや花火をしながら
その人は私に何かを言いかけた
何故か運命の人だと思った
いつかはその人に巡り合う気がして
ノートに似顔絵を描き留めたりなんかして
なんて可愛かったのだ 乙女な私
その後すぐに
夢の人とは似ても似つかぬ薄情者を好きになり
嵐の海へ漕ぎ出すようなドツボな恋を
5年も続ける事になろうとは
あれから随分時が流れて
夢の人の顔も覚えていない
もう何処かで出会っているのかもしれない
これから出会うのかもしれない
とっくにノートは捨ててしまったので
理想のあなたに会えても もう私には分からない
「突然の別れ」
突然の別れ
覚悟はしていた
だけど少しでも
お別れの日を引き延ばしたかった
沢山の人に愛されていた
同じビルの隣の会社の人にまで
その人はお母さんと二人暮らしで
亡くなったと聞かされて 家に帰って
お母さんに知らせたら お母さんの方が驚いて
「二人で号泣したのよ
母は 一度も会った事もないんだけどね」
去年、持病が悪化して勇退した後も
普段の食卓に 何気ない会話に
その人とお母さんの話題には上っていたのだろう
「父が亡くなった時は泣けなかったのに
父よりも彼女の死がこんなにも辛いなんてね」
悼みを声に出す事が弔いで
思い出が救済だと
幾度となく
私達は知らされて
皆でぽつり ぽつりと
雨垂れのように哀しみを分け合っている
雪の日に身を寄せて丸くなる雀達のように