「芽吹きのとき」
あたたかな雨がわたしを濡らす
土の中で丸くなり眠っていた私は
かろうじて 多分まだ人
泥だらけの身体を起こして
ずり上がったシャツをジャージに入れ直せば
流石に立ち上がらなくちゃいけない
待たせてごめんねと言わなくちゃいけない
根気強く 返事をくれたあの人に
それが嬉しくもあり やれやれとも思う
おい 起きてるかい
どうやら春だよ
隣の畝に呼び掛ける私は
かろうじて まだ生きている
「記録」
たまには私だって
誰かが淹れてくれた珈琲を
飲みたい時がある
インスタントの安いやつで良いんだ
適温とかお構いなしで
熱々のを一杯
もう何十年も 事務職やって
どれくらい淹れ続けているのかわからないけど
一度も 誰かに淹れて貰ったお茶を
飲んだ事はない
来客の人数を間違って余ってしまい
自分で飲んだ事はあるけど
一袋300円の緑茶を
適当に淹れた味がした
むしろ従業員用のほうじ茶の方がまだしもだ
いずれ私がここを去る時までに
誰かに淹れて貰ったお茶を
飲める事があるかしら
その時はぜじ
熱々の珈琲を一杯
インスタントので良いから
何度見たかな
いくつ見たかな
数えきれないほどだよ
「君と見た虹」
最後に見たのはいつだったかな
消える前に早く早くと
スマホのレンズを向けても
目で見た姿には敵わなかった
ましてや
今は隣に あなたが居ない
いつかまた 会える特まで
ひとり見送る
空ににじんで消えゆく手紙
「夜空を翔ける」
皆が口を揃えて 美しいと讃える月が
私にはまるで
ダンボールに貼った色紙に見える
そんな夜に
ひとり 空を翔ける
張りぼての夜空から街の灯りを見下ろして
急降下 あれは昔住んでいた町
ここで毎日 空を見ていた
月も美しかった
今はもう 誰もいない町
あるはずのない 地面を蹴って
また空に昇る
輝く光は胸の中にある
私の空を照らしている
「ひそかな想い」
心だけは
せめて自由に思わせて
口から溢れそうな本音を飲み込んで
柔らかな布でくるみ
じっと抑えている
昨日はあなたの夢をみたよ
夢がほんとであれば良いのに
今日は星が一際きれいだと
あなたに話せたら良かったのに
ああ泣きそうだ
弱音を飲み込んで
星空をまぶたに閉じ込めて
じっと朝を待っている