「風を感じて」
概ね準備は整った
半身を乗り出して
林の向こうの水平線に目をこらす
早くこの岬まで来い
膝の感触を確かめながら
ゆっくりと立ち上がる
あしもだいじょうぶ
こえもだせるようだ
私によく似た顔が 涙目で頷き
掠れた声で じゃあねと手を振ってくれたが
その手は次の瞬間私の手に代わり
受け継いだばかりの身体に
あなたの記憶だけが残された
そして代わりに手を振る 沖に浮かぶ船に
わたしはここだ
わたしたちのはなしをつたえるために
お前をよんだ
やれやれ 次の回収先で休憩にしよう
作業員はモニターに視線を戻した
テーマパークの自動音声機器のメンテナンスが
こんなに面倒だとは思わなかった
さっきも無人島を模した岸壁の上に一瞬
人影が見えた気がしたが
きっと疲れているのだろう
「ぬるい炭酸と無口な君」
君が好きだったレモンのサイダーは
まだ買えずにいる
いつか飲めるようになるのだろうか
皆 行ってしまった
わたし一人になっても
日々の暮らしは続く
ご飯を食べて 茶碗を洗い
湯を沸かし 洗濯物を干して
窓を開けて 風を確かめる
大丈夫 どうせなら図太く生きるよ
だからせめて 時々は
声を聞かせて貰えないかな
夢の中でいいから
「渡り鳥」
昨日の私は別人
全部リセットして
次の街へ行こう
嫌な事があっても
好きな人につれなくされても
その時辛くても
時が経てば案外平気になる事を
大人の私は知っている
別の自分になったと思えば良いのだ
知らんぷりしてひとり
群れを離れて悠々と
空を游ぐ
「酸素」
別に吸うても味も香りもしないでしょうが
嬉しい時には香ばしく
心配事があるとチリチリ辛い
やってしまった後悔の苦さ重さよ
どろりと背中にのしかかる圧よ
ゆっくり深呼吸して
痛む胸をさすりながら
悲しみの位置を酸素と探ろう
辿りついた酸素は
二酸化炭素に変わり
私の代わりに
淋しいとつぶやく
「夢を描け」
最終の便で戻って来た
いちだんと大きな星をポカンと見ながら
ずり落ちるボストンバッグの持ち手を肩に戻しながら
何処に旅していても
私の家の鍵が鞄にあるように
何をしていても
手離せない夢はある
胸の奥に星が輝き続けている限り
未来が消える事はない
いつか扉を開くまで
夢の鍵を握りしめて