「寂しくて」
うつむいて歩いてたら
何かに蹴躓いた
ぐしゃりと潰れたそれは
よくみたら
私の夢だった
ちょっとあんた 今まで何処行ってたの
探してたんだよ
潰れたへこみを撫でたら
涙が出てきた
今日は夕暮れまでに 帰れたというのに
焼きたてのパンも買えたというのに
テーブルに明日のパンと 潰れた何かを置いて
ハンガーにコートを掛けて
ああ寂しい
と呟く
「透明な羽根」
密かに絶望している もう手遅れだと
船は沖に出てしまったと
それでも 透明な羽根が諦めきれずに
翼を広げる準備をしているので
時々 背中がムズムズする
今もそうだ
きっと背中には見えないジッパーが付いていて
開けると 中から透明な羽が飛び出てくるのだ
羽は問う
次の船はいつ出るの
私は答える
もうすぐ もうすぐ
今度は必ず追いかけよう
まかせて
透明な 羽が広がる
「一輪のコスモス」
ふとした機みに 足元に黒い穴が空いて
その穴がだんだん大きくなってくる
そんな不安に駆られる時
貴方の言葉が
ちょっとしたやり取りが
穴を少し埋めてくれる
ここからは自分で埋めよう
最後に一輪 花を植えよう
その花が
いずれ誰かの心にも咲くと良い
落ちないように 目印になれば良い
「台風が過ぎ去って」
台風が過ぎ去っても
また 次の台風が来るわけで
人生の何度目かの嵐
私も あなたも
何度も 雨を凌いで 風に立ち向かって
それだけ選択肢も多かった
あの時 こういう道もあったかと
心を担保にそれでも進んで来て
自分を信じる力も尽きかけた
だけどだから
物凄く頑張ったし ピカピカに輝いているよ
その辺の若造には
なかなか真似出来る事じゃない
週末のファミレス
ドリンクバーのお代わりを飲みながら
両手の拳をグーにしたら
テーブルの向こうで
やっと 彼女は笑ってくれた
「風を感じて」
概ね準備は整った
半身を乗り出して
林の向こうの水平線に目をこらす
早くこの岬まで来い
膝の感触を確かめながら
ゆっくりと立ち上がる
あしもだいじょうぶ
こえもだせるようだ
私によく似た顔が 涙目で頷き
掠れた声で じゃあねと手を振ってくれたが
その手は次の瞬間私の手に代わり
受け継いだばかりの身体に
あなたの記憶だけが残された
そして代わりに手を振る 沖に浮かぶ船に
わたしはここだ
わたしたちのはなしをつたえるために
お前をよんだ
やれやれ 次の回収先で休憩にしよう
作業員はモニターに視線を戻した
テーマパークの自動音声機器のメンテナンスが
こんなに面倒だとは思わなかった
さっきも無人島を模した岸壁の上に一瞬
人影が見えた気がしたが
きっと疲れているのだろう