『星座』
目の前に運ばれてきた、ぷるぷる、つるつるのわらび餅を前に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
某SNSアプリで写真を見てからずっと来たかった、わらび餅専門店。
きらきら、もちもちのわらび餅を夢見て、今日まで必死に働いてきた。
待ち望んだ週末が来て、真っ先に足を運んだ。
ついに、ついに。
心の中の期待に胸を踊らせながら、震える手で黒蜜が入った小瓶を手に取り、傾ける。
ゆっくりと全体に黒蜜をかけたら、横にあった金箔を少量つまんで、ふりかける。
真っ黒な蜜の上に金箔が散らされた様は、まるで満天の星のよう。
写真で見るのとは違う、その美しさに思わずため息が出た。
わらび餅の横に控えめに添えられた黒文字を手に取り、わらび餅を慎重に1口大に切る。
持ち上げると、振動でふるふると震えるわらび餅がなんとも可愛らしい。
口に含むと、もっちりとコシがあり、ぷるんとした食感とともに黒蜜の甘さが口いっぱいに広がる。
わらび餅の温かさと、優しい甘さに包まれて、幸せな気持ちになる。
もう1口、もう1口…と食べ進めるうちに、いつの間にかわらび餅は半分にまで減っていた。
甘すぎる口の中を、一緒に運ばれてきた抹茶を飲んで、直す。その温かさに、ほっとする。
いつもは苦手な抹茶の苦味が、黒蜜の甘さによって中和され、程よい苦さも残りつつ、スッキリとした味わいになっていて、飲みやすい。
わらび餅と抹茶を交互に味わう。
甘い、苦い、甘い、苦い…。
口の中で変化していく2つの味を、目を閉じて楽しむ。
空になった皿と湯飲み茶碗を見下ろして、満足の息をつく。久々の和菓子も悪くないな、と思う。
口に残るわらび餅の甘さと温かさの余韻に浸りながら、店を出る。
いつの間に暗くなっていたのだろうか、空には無数の星が輝いていた。
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ハートがついに100になって嬉しい。
『秋🍁』
紫芋のモンブラン、かぼちゃのプリン、三色団子⋯。
コンビニのスイーツコーナーに新たに入荷された商品を見て、少し早い秋の訪れを感じる。
少し前まではエクレアやチョコケーキなど、黒や茶色のスイーツたちが陳列されていたのが、今は黄色や紫、白など明るい色も加わり、華やかな印象を受ける。
「期間限定!かぼちゃをたっぷりと使った、秋の味覚! かぼちゃのモンブラン」
大きく“期間限定”と書かれたその商品に、目が惹き付けられる。
蛍光灯の人工的な光に照らされて、己を主張するその黄色のスイーツは、クリームがどっしりと乗っており、甘く、濃厚そうな見た目をしている。
私はミルクレープに伸ばしかけていた手を止め、少し考えた。
風呂から上がってから、冷蔵庫を開ける。
今日買ったばかりのモンブランを取り出す。
北海道産の自慢のかぼちゃを大量に使用したという、そのスイーツ。
そんなに言うのだから、さぞかし楽しませてくれるのだろう。
期待と、少しの不安を胸にパッケージを開ける。
ふわりと香ったかぼちゃの香りは甘く、食欲を掻き立てられる。
パッと目を引く明るい黄色のかぼちゃホイップは、美しく1列に絞られており、それが幾重にも重なっている。
プラスチックのスプーンで掬ってみると、1番上の層には生クリームが、その下の層ではスポンジケーキに挟まれるようにかぼちゃペーストがこれでもかと詰められていた。
ひとくち食べて、その美味しさに思わず舌鼓を打つ。
ホイップクリームは予想以上に軽く、なめらかでクリーミーで、食べた瞬間からかぼちゃの甘さがふわりと香る。ミルキーな甘さでしつこすぎず、食べやすい。
かぼちゃペーストはクリームよりも深く、濃厚で上品な味がする。ほろ苦さがスポンジに挟まれて中和しており、中々美味しい。コンビニスイーツにしては上出来だ。
クリームにしても、スポンジにしても水分が多すぎないため、見た目よりも軽い味わいで、重すぎず、しつこさのない味わいと、最初の可愛らしい見た目に私は大満足である。
食べ終わった後の余韻に浸りながら、絶対に次も買おうと心に決めた。
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何気に初めまして。食欲の化身です。
実際にあるらしいこのコンビニスイーツ。
写真を見て全部想像で文章を書いているので、味の保証はできませんが、是非食べてみてください。
ちなみに私はモンブランは好きじゃないです。
『君からのLINE』
スマホが震えて、通知が届いたことを知らせる。
電源ボタンを押すと目に飛び込んできた、「2件のメッセージ」の表示。
ロック画面を上にスワイプし、LINEを開く。
1番上に表示された君のトークルームを長押しする。
19時49分。
君から送られた 4文字と、スタンプ。
返信はせずに、スマホを閉じた。
動揺しているはずなのに、頭だけは酷く冷静で、どこか他人事のように冷蔵庫にローストビーフがあった事を思い出す。
君と食べるために奮発して買ったローストビーフ。
缶ビールと共に、1人で食べる。
パックを開ける。
ローストビーフの上に大根おろしを乗せて、その上からポン酢を少々。
ローストビーフで大根おろしを包んで口に運ぶ。
ローストビーフの肉々しさを大根おろしのさっぱりとした味わいが程よくかき消し、ポン酢の爽やかな風味が口いっぱいに広がる。幸せ。
君が教えてくれた、この食べ方。
君のおかげで、ローストビーフが好きになった。
君の好物だったから、ローストビーフが好きになった。
パックに書かれた表記を見て、2日前に賞味期限が切れていたことに気づく。
9月14日。君の誕生日。
トーク画面を開いて、文字を打ち込む。消す。
入力と削除を繰り返す。
今更 私が君に言える事なんてあるだろうか。息を吐く。
君のメッセージにリアクションスタンプを押して、トーク画面を閉じた。
『お祭り』
夏祭りの境内は独特な熱気を孕んでいる。
祭囃子が響き渡り、何十人もの大人や子供の話し声や笑い声が飛び交う神社は、普段の厳かな雰囲気とは一転、大衆的な雰囲気に包まれる。
一見すると低俗とも言えるこの雰囲気が、私は嫌いでは無い。
年齢や性別、立場も違う、様々な人々が同じ空間で、同じ時間を過ごし、同じ感情を共有する。
普段は厳格な大人も、この日ばかりは羽目を外し、子供に交じってはしゃぎ回る。
踊口説が流れ始めると、男も女も、誰も彼もがリズムに合わせて手を叩き、踊り狂う。
その光景はある種の宗教的な何かを感じさせる。
その喧騒に引き寄せられるのは、人間だけではないのかもしれない。
お面を1枚隔てれば、人なのかそうでないのかの判断は曖昧になってくる。
人か魔物か夢現。
あそこに浮かぶは提灯か、人魂か。
私の前の此奴は人間か、それとも。
夏祭りの妖しげな雰囲気が、熱気が、私を惑わせる。
『入道雲』
遮断機の降りる音が電車が通過することを知らせる。
普段は気にしないその音が、今日はやけに響いて聞こえた。
遮断棒の前で立ち止まる。
このままずっと立ち止まっていられたらいいのに、と思いながら手元の紙を見下ろす。
「進路希望調査票」
いつもなら簡単に読めるはずのその6文字が、今は別の言語にしか見えない。
電車が通過する。
それにより生じた風がスカートを揺らす。
電車は通過して、遮断機が上がる。
止まっていた全てのものが動き出したのに、私だけが立ち止まったままでいる。
不自然に立ち尽くしている私の横を手を繋いだ親子が怪訝そうな表情で通り過ぎていく。
もう帰らなくてはいけない。
ため息を一つ吐く。
足を進めようと顔を上げる。
思わず声が出た。
空に浮かぶ、大きな入道雲に目を奪われた。
自然の雄大さに圧倒される。
白い、大きなそれを見ているうちに、自分はなんて小さなことで悩んでいたんだろう、と思わず失笑する。
進学だろうが、就職だろうが、どちらでも良いではないか。本当に大切なものはその先にある。
どちらを選んだとしても、辿り着くまでの時間が変わるだけで、結果的には同じ場所に到着する。
結局は直接行くか、遠回りするかだけの違いなのだ。
肩の荷が降りたような、爽やかな気持ちになる。
その状態で、もう一度入道雲を見上げる。
重厚感のある、もくもくとしたその白さが今度はソフトクリームを思い出させた。
サクサクと香ばしいコーンの上に螺旋状に乗せられたアイス、食べた瞬間舌の上に広がる冷たさと優しい甘さ。
この暑さの中で食べるソフトクリームはいつもよりも格別に美味しいことだろう。
考えれば考えるほど、頭の中はソフトクリームでいっぱいになる。
今日は近所のコンビニに寄ってから帰ろう。
己の欲望の忠実さに苦笑しながらも、今度こそ前を向いて歩き出した。