お題:夏
日の光が随分強くなってきた事に気が付き、あぁ、もう夏なのか、と思った。
子供の頃は夏が来るとプールや海に遊びに行くことだとか、夏休みに何をしようだとか、色々考えてウキウキしていたように思うが、今は出勤時間が暑くなるななんて事を考えて、憂鬱になる。
子供の頃は色々と楽しいことがあった。
だというのに、大人になったらそれらは別段楽しいことではなく、夏は単に暑いだけの季節になった。
溜息をついていると、スマホが着信を伝える。
見てみると学生時代の友人。
内容は「久しぶり」という挨拶から始まり、近況を聞く物だった。
それに当たり障りのない答えを返し、相手から何かしらの反応がある、というやり取りを繰り返していると今度飲みに行こうと言われた。
キンキンに冷えたビールに枝豆なんかの美味いツマミを想像すると、憂鬱だった気分が少し上向きになる。
友人と週末会う約束を取り付け、連絡を終了する。
夏は暑いばかりで楽しくもないと思っていたが、どうやら大人にも楽しみはあったらしい。
お題:相合傘
一つの傘の下、肩が当たるくらいの距離で歩くなんて、なんとも甘酸っぱい青春のド定番。
ベタベタではあるが、ちょっとした憧れたりするのは仕方ないことだと思う。
本日、朝のニュースで午後から雨がふるという天気予報を見て忘れずに持ってきた傘が帰るときにはなくなっていたことに途方に暮れた。
持ってきたのはビニール傘だったので、天気予報を見ていなかったどこぞの誰かに持っていかれたであろうことは想像に難くない。
走って変えることも考えたが、あまりに酷い雨なので自分が濡れるだけで済めばいいが、鞄の中のノートや教科書まで濡れると悲惨だ。
時間帯的に共働きの両親はまだ帰っていないだろうし、兄貴はバイトに出ている時間で迎えも頼めない。
なんて日だ、なんて、どこかのお笑い芸人のセリフが頭に浮かんだ。
そんな俺に傘に入るかと声をかけてきたのは同級生。
ありがたく傘に入らせてもらってのんびり歩く。
いわゆる相合傘だ。
雨が傘を叩く音以外音がしない。
湿った空気が頬を撫でる。
時々肩が当たる。
甘酸っぱい青春の1ページ。
………横にいるのがヤロウじゃなければ。
「何が楽しくてヤロウと相合傘しないといけないんだよ」
「あぁ?入れてやってるのに文句言うんじゃねぇよ」
いや、そうなんだけども。
ガタイがいいヤロウ2人で傘に入っているものだからどうやっても傘の下には入りきれず、はみ出した肩がずぶ濡れ。
全身濡れるよりは断然マシだが。
まぁ、これもまた青春の1ページだろう。
お題:落下
幼い頃、空を垂直に見上げるのが好きだった。
まるで、空に落ちていくような、そんな不思議な感覚が楽しくて。
もちろん、重力によって地面に引き寄せられているのでそんなことは実際にありはしないのだけど。
そして今も、時々空に落ちたくなる。
悩んでいたり、悲しかったり、むしゃくしゃしてたり、特に理由もなかったりとその時の気分は違うけど、時々無性にそんな衝動にかられる。
そして、今日も空に落ちる。
今日は雲一つない見事な星空に落ちる。
うん、やっぱり好きだな、なんて。
こればかりはいくつになってもやめられそうにない。
そんなことを、一人思う。
お題:未来
今まで、目の前にはレールがあって、未来に不安などなかった。
そのレールはどこまでも続いていて、自分はそれに沿って生きていけばいいのだと思っていたし、そんな生き方に不満もなかった。
だというのに、それは急に目の前からなくなった。
親の会社が倒産し、両親が自殺した。
親戚や知人は掌を返して離れていった。
大学には奨学金でなんとか通い続けられているが、生活費を切り詰めないとならず、付き合いにもいけず、友人は少なくなった。
とりあえず学校にも通えているし、生活もなんとかできてはいるが、これからどうしたらいいのか、途方に暮れていた。
「先が見えないなんて、何を当たり前のこと言ってんだ」
そう、心底呆れたと言うのは離れていかなかった数少ない友人。
バイトを紹介してくれたり、食事に誘ってくれたりと、何かと気にかけてくれる、面倒見のいいやつだ。
「お前みたいに何もかもが決まってるようなやつのほうが少数派なんだよ」
「それは、分かってるつもりだけど。正直、先が見えない状態で歩いていける皆が凄いと思う」
「俺は何もかも決まってるほうが窮屈でやだわ」
「俺は、これからどうするべきなんだろう」
ぼんやりとそんなことを呟くと、友人が肩をすくめた。
「考え方変えてみりゃいいだろ。これまでの考え方を変えるなんて簡単なことじゃねぇんだろうけど、何もないなら何でもしてみりゃいいだろうが」
「なんでも?」
「生き方は何も一つじゃない。真っ暗なのはお前がそう思い込んでるだけだろ。道はないんじゃなくて、何本も、どこへでも続いてるんだよ。分かれ道もあれば細い脇道だってある。そういったところを覗いてみて、色々試してみて、何がしたいのか見つけりゃいいんだよ」
「けど、その先どうなるか分からない」
「約束された未来なんてねぇんだよ。失敗することなんて成功することより多いだろうし、会社が倒産することだってあるだろうし、突然事故に巻き込まれたり病気になって死ぬかもしれない。そんなこと言ってたら生きていけねぇわ」
当たり前のことのように友人は言う。
そんな友人が、酷く強く、輝いているように見えた。
「まぁ、あくまで俺の考えだし、それを押し付ける気はないし、お前の場合は色々壮絶だからすぐに切り替えろってのは無茶なのは百も承知してる。立ち止まってこれからのことを考える事が必要なんだろ。いつか進む気になったら考えりゃいい。話くらいなら聞いてやるし、相談なら乗ってやる」
本当に、この口の悪い友人は面倒見がいい。
友人は随分と減ったが、彼が友人として残ってくれたことを、感謝せずにはいられない。
「あぁ、その時は頼む」
結局、何も解決なんてしていない。
相変わらず目の前は真っ暗のままで、右も左も分からないけれど。
それでも、ほんの少しだけ、一歩を踏み出せるような、そんな気がした。
お題:天国と地獄
日が入る学食の窓際の席で、今日は天気がいいなぁなんて思いながら外を眺める。
日光があたって暖かいはずなのに、何故か隣でブリザードが吹き荒れているのではないかと思うほど寒い気がするのは気の所為だ。
気の所為だと思いたい。
いや、実際ブリザードなど吹いていないが、そう見紛うほどに雰囲気が悪い。
ちらりとそちらに視線をやると、2学年上の先輩が2人、向かい合って座っている。
数分前、俺の真横に座る先輩の唐揚げ定食の最後の唐揚げを、俺の斜め向かいに座る先輩がかっさらったのだ。
普段であれば苦言を呈するものの、代わりの品を贈呈することで丸く納まるのだが、今日は駄目だった。
何が原因かは知らないが、とてつもなく期限が悪かったのだ。
誰がどう見てもそうだと、分かるのに空気が読めないというか読もうとしない先輩がやらかした。
雰囲気はすこぶる悪いが、ここで口論をしないあたり、育ちの良さが垣間見える。
本人たちには絶対に言わないが。
真向かいに座る同期に視線をやると、肩を竦めていた。
先輩達がほぼ同時に立ち上がった。
空になった食器を返却口に持っていく。
そこで視線があった学食のマダムに微笑みとともに礼を言うのを忘れない。
そして並んで学食を出ていく。
学食から一歩出たと同時に走り出す。
運動会のリレーのド定番であるBGMが脳内再生される。
なので、思わず口ずさんでしまった。
「なんでその曲なんだ」
「いや、なんとなく」
「気持ちは分からんでもないが」
なんて言いながら、2人が走り去った方向を眺める。
「さて、始まりました追いかけっこ。どちらに軍配があがるでしょうか」
「元陸部短距離走選手と万年帰宅部では結果は火を見るよりも明らかでしょう」
「火事場のバカ力、というのもありますが」
「それでも厳しいでしょうね」
なんて、誰に対してなのか分からない実況をしてみる。
「確か、あの人午後から同じ授業受けるはずだから、どうなってるか教えてもらうかな」
「わざわざ聞くのか」
「気になるだろ。勝敗というか、その後の顛末が」
「まぁ、そらそうだけど」
なんてくだらない話をしながら席を立った。