無が欲しい。それをおまえたちは「何もいらない」と言い換えるので思わず口を噤む。ドライアイスのかけらをコップに落とし、煙が床を這っていく。その煙の動きのような緩さと忙しなさが合わさったちぐはぐの欲求がここにある。空気の入れ替えをしなければ、と思う。途端に息苦しくなっていく。無を望む難しさに挫けそうになる。何もいらない、と言い換えてしまいたくなるばかりである。
かみさまへ。私をつれていかずにあの人をつれていくの。
星空の下でお前を探す。地上を探せばいいのは俺にとっては幸いである。天を見上げて星から探せと言われても困るだろ。N光年先にいる星が、今は死んでしまったがその光だけを地球に届けている状況かもしれず、「あなたがこの光を受け取る頃には私はもうこの世にはいませんが」そんなのは困るだろ。だからお前が地上に落ちてる星で良かったのだという話になる。一向に見つからないが。お前の名が付いた星が天に浮かんでいればまだ何かの慰めにはなったかもしれない。今日は見つからなかったがまた明日も探すさと重くなった頭をどうにか上げて目配せ一つやれるだろ。でもお前にそんな都合のいい名はついていないので俺は今日も地を這って探している。どんなに素朴に光ってくれても構わないから、俺を呼んでくれと願う。
痛みがなくなればもう少しマシな答えも出せただろう。などとこの期に及んで言い訳をしている。それでいい、それでいいとお前は私を抱きしめる。これが私の悲しみである。慈しみである。愛と呼び変えることが可能ならそれでいい。こうして何も掬わないのだから。私の言葉だよ。お前がいるなら私はもう充分だ。それでいい。この痛みに換えてまで、充ちなくてもいい。
見つめられるとその視線の強さに押し出されるようにして涙がこぼれる。そのままその大きな瞳もこぼれてしまえばよいのですとお前は言う。盲いてしまえば、その目が最後に見たものは俺ということになるので、などとほざく。いつか私があのトカレフで撃ち抜いたお前は、結局は私の前にまた現れて、なんやかやと理由をつけて近くに居座っている。つまり前世のお前が最期に見たものは私であり、「なので執着が消えぬのです」「復讐にきたのです」「あなたも同じ目に遭っていただきたく」などと続けて垂れる。目を奪われては同じ目に遭いようもない、と言った私の口答えは無視される。
お前は知らない。
あの日引き金を引いた私はお前の血潮に目が眩み、そのまま目を閉じ、お前のために痛んだ肩をあげ、己のこめかみに銃口を当てたことを。いつかの私が最期に目にしたものはお前である。私はそのことをお前に教えない。お前がこのこぼれる涙をぬぐってしまうから。復讐は繰り返される。そうして私たちは永遠に互いを慈しみあう。