季節感がない。私は半袖、君は随分と着込んで膨れている。この身にうずまく熱を、君と分かち合いたいと思ったことはない。それが誇りだ。分かち合わずとも隣にあることができる。それが。
声が枯れるまで泣いたところで涙が私たちの喉を潤すことはない。声が枯れるまで怒ったところで音にならなかった震えた空気は激情を捨てやしない。声が枯れるまで笑ったところで私たちのかすれた笑い声はきちんと互いの耳に届く。応えてよ。
かすみがかった場所である。照りつける日差しで目も開けられないような場所である。街灯も月も星もない闇深い場所である。はたまたあなたと夕食を囲むいつもの毎日である。始まりはいつもそのようなところから起き上がっている。劇的な場所であった日など果たしてあっただろうか。あるかもしれない。どうだろう。あなたの記憶にはある?
「あなたを愛している」
この些細な劇物が毎日私とあなたの喉を通る。真の終わりが訪れたときに、どうかこの夕餉を思い出しながら、無音の福音の鐘を聞き届けられますように。
このフェーズをやっと生き抜いたあとにあなたを見て悔いている。もっと話せば良かった。触れれば良かった。少なくとも横を見れば。見渡せば。そういうものを互いに抱えて、束の間の休息に手を握る。すれ違うだけの生き方に、それでもあなたにいっとうの幸いが訪れるように、祈るようにピタリと手を合わせて呼吸を紡ぎ、飲み込んでいる。
夏が終わるのが遅い土地で暮らしてる。10月でも11月でもどこかジワジワと空気を焼くような気配に飼われている土地である。あなたを焼く今日も確かにそうなのに。喪服は日を吸収して鈍く茹っている。見上げると空だけが高くて、うろこ雲が整然と並んでいて、あの辺りはどれほどつめたい空気なんだろう。空の温度と、地上の温度と、私の体温と、焼かれたあなたの体がちぐはぐに、それでもあのうろこ雲のように整然と行進してゆく。