要らないと言う。何もかも。そうかとうつむこうとすればふと振り返って同じ口で要るのだと言う。あなたが。来世で会いましょう。あなたが私を必要としてくれるなら。私があなたを必要とするのなら。会いましょう。こぼれた別れは理由も不明なまま川に流れ、うそぶきながら海へと泳ぎ出る。俺は海など知らないので、そうかとやはり返すしかなく、それでもうつむきわずかに下ろした瞼の下で海を思い描いてみる。呪われてしんでくれ。愛にまみれて焼かれてくれ。荼毘に付された理由が自ら語り出すまで、俺の骨とともに海の底に沈めてくれ。
楽しいんだよ。隙間がないほどにお前の体を抱えて、お気に入りのソファに沈み込んで、お気に入りの曲を爆音で鳴らして、心音がからだのなかでふたつになって馴染んだ頃に朝が来て、また分かたれる、その瞬間が。おはよう、とお前の声で聴くその瞬間が。何にも替え難いお前と他人のまま寄り添えるその体温が。
爪を研いでいる。滑らかに。何者も傷つけないように。粉になった肉片があなたを埋めていく。昨日を振り返り、明日を勘定する。心のいまをそうして向こうにおいて、肉体はあなたを労わるような態度で、明日の準備をしている。これがあなたの休息である。愚かで愛しいあなたの休息である。
それしかできない。私の小指はあなたとの約束を切るためにとうに失われていて、こめられる力は僅かだけれど。それでもいい?この力で足りる?あなたをここから引き上げるために、他に何が必要?
10年前のあなたが綴ったテキストがwebの海を漂流している。あなたは時折それを探しに行って、覗き込んで、まだ生きているあなたともう死んでしまったあなたを確かめている。この気持ちはまだここにある。この気持ちはもう底の底に沈んでしまった。愛などはどうにも潰えない。悲しみは外観を変えてはいるもののやはり本質は同じような気がしてしまう。何体ものあなたを水葬しているのに生者はまだこんなにも多い。君はどうだろうか。君も同じだろうか。深く暗く柔らかい水底で、あなたと君は手を繋いでいる。