それしかできない。私の小指はあなたとの約束を切るためにとうに失われていて、こめられる力は僅かだけれど。それでもいい?この力で足りる?あなたをここから引き上げるために、他に何が必要?
10年前のあなたが綴ったテキストがwebの海を漂流している。あなたは時折それを探しに行って、覗き込んで、まだ生きているあなたともう死んでしまったあなたを確かめている。この気持ちはまだここにある。この気持ちはもう底の底に沈んでしまった。愛などはどうにも潰えない。悲しみは外観を変えてはいるもののやはり本質は同じような気がしてしまう。何体ものあなたを水葬しているのに生者はまだこんなにも多い。君はどうだろうか。君も同じだろうか。深く暗く柔らかい水底で、あなたと君は手を繋いでいる。
夜半を過ぎればあれは咲く。そうだな、星座に見立てていただいても良い。真実にも寿命があるらしい。わかっているような顔をして、恋人のような顔をして、未来のような顔をして、この身に居座っている。あふれるだけのゆるい光が、あれの輪郭をどうにも煙に巻いて、私にいつまでも空を見上げるだけしかさせてくれない。
手を差し出す。彼女が応えてくれる。君はその瞬間にほとんど充分になる。ダンスホールに流れている音楽は君の趣味に合わない。まっぴらだうんざりだと君はタップを刻む。彼女が笑っている。あなたと踊れるなんて夢のようだわ。間違ってない?ねえ、私初めてなの。その手に掴んだ彼女が君のほんとうになっていく。夢から醒めてもその充足を味わい続けて君はベッドを下りる。刻まれるタップに溢れた笑みを忘れるな。踊れ踊れ。踏みしめろ、軽やかに。彼女の不在に耐えられるように。
舞台は夕焼けをイメージしている。赤だとか橙だとか紫だとか。n回公演で繰り返される、僕たちの芝居が、まったく別の夕焼けを生み出していく。偶然も奇跡も運命も宿命も望んでいるわけじゃない。それでも。同じカラスが鳴いたら、君にまた巡り会えると信じている。