窓そのものが心象風景である。開かない窓をずっと心に置いている。窓枠に触れる。またたきごとに硝子の向こうは青空になり、曇天になり、その下にぽつねんとクリーニング店があり、商店にかわり、車も人も通らない侘しい道路になる。目を瞑る。硝子に額をつく。窓枠を掻いた爪が割れる。あなたが迎えにきませんようにと祈っている。
そうして日々があなたとともにあるなかで、わたしの輪郭は曖昧なままではいられない。あなたによって研ぎ出された感情が、わたしによって名付けられた感情が、どうにかそこで立っていろとわたしたちに命じる。墓はこうしてかたちと役割を得る。かたちのないものがひとつずつすこしずつ墓の下に入る。埋めていく。墓標をなぞる。繰り返される殺戮にあなたが泣かなければいい。あなたも同じようにわたしに願っている。
安心して。わたしたちは知っている。
かたちのないものがひとつずつすこしずつ今日も生まれていく。いつの日か受ける報いが、どのようなかたちをしているのかをわたしたちはまだ名付けることはできないけれど、どうか安心して。安心して帰ろう。
夜。あなたは彼と連れ立ってこの夜を歩く。手を引いて歩き、手を引かれて歩いている。あなたか彼が公園へ行こうと言う。あなたか彼がブランコに乗ろうと言う。あなたか彼がジャングルジムに登ろうと言う。あの日あなた方は分かたれてしまって、真ん中は消え去ってしまって、愛だけがその役割を引き受けている。懐かしさや思い出と呼ばれるものたちのいくらかは、冷たく硬い手触りと錆びた鉄の匂いをしている。
呻きが唸りが喘ぎが南島の海辺のさざめきに掻き消えていく。果たしてお前がここに在ったのなら。お前がいまもここに在ったのなら、このかなしみ、この海辺のごとき吹き荒れるかなしみのもとでお前をことごとく消してしまうかもしれないので、どうやらひとりで来たのは正解である。それでも私の耳には届いている。私はそのことをよくよく思い出せる。お前のただ優しくてただしいばかりの笑い声は、とうに私を消してしまった。完膚なきまでにいなくなった私を、いつかの再会の折にはどうかもう一度笑ってほしい。
十度目の秋だ。君に触れて触れられてきた。足りないと思うことも満ちていると思うこともできないままに。