「ねぇーー!!」
「ほんっとごめん! またいつか埋め合わせするから!」
「ほんっとどーゆーつもり!?」
目の前で申し訳なさそうに頭を下げる彼に叫ぶ。
ほんと信じられないこの男!
約束の時間をオーバーしたあげく、「予約した」と言ったレストランも予約ミス。それ上財布も忘れて私に奢られる始末。
しかも今回ばかりじゃない。前もその前も同じか…それ以上のことをやらかしてる。
学習しないのかこの男!!
「ごめんっごめんって! ほらこれあげるから」
おもむろにポケットから何か取り出す。
ミルクキャンデーだ。私が好きなやつ。
私はこうやって私はいつもこの男を許してしまう。前回はチュッパチャップス、前々回はグミだっけ。
なぜかもう、彼に対する怒りは消えていた。
「……あーあ、私はそんなあんたでも嫌いになれなかったからなーこれまでずっと」
「これからもだろ」
自信満々に言う彼に、私は思わずため息をついた。
『別れようか』
スマホの通知センターで確認した一件のLINE。
それは私が愛する恋人からだった。
私はそれに、既読をずっとつけられないでいる。
本当は私がこのLINEを読んでいることに、恋人が気づいていたとしても、
会うのが昨日で最後だったとしても、
無理だった。
受け入れられなかった。
たった6文字。
消えてなくなってくれたらいいのにな。
目が覚めたら、今日起こったことが全てが夢で。
あなたがいつものように早起きして、サクサクのトーストを焼いて、あたたかいコーヒーを入れてくれてたらいいのにな、と思う。
でもどんなに待ってもコーヒーの香りはここまで漂ってこなくて、あなたは私を呼びには来なくて。
あなたがもうこの世にはいない事実が、ゆっくりと心に広がっていく。それがいやでいやで、私は思わず強く目をつぶった。
ふわりと優しい風が頬を撫でる。
思わず身を起こして窓を見ると、白色のカーテンがゆらりゆらりと揺れている。
寝る前に窓は閉めたはずなのに。
『いつまでも寝ていてどうするんだい』
あなたならそう言ったのかな。
私を明るい方へ引っ張ってくれたあなたなら、こうやって私を撫でてくれたのかな。
--分かったよ。
カーテンを開け放つ。
眩しい太陽の光が部屋を支配する。
あなたが好きだった、ちょっと苦めのコーヒーを淹れよう。
あなたが好きだった、ちょっと焦げ目のついたトーストを焼こう。
そしてあの日、あなたが連れて行こうとしてくれた、青い海を見に行くよ。
「そんなの当たり前じゃん」
「みんなやってるよ」
「できてて当たり前」
「当たり前」
「当たり前」
今朝言われた言葉が脳内をぐるぐる駆け巡る。
なんだってんだみんなして!
こっちの『当たり前』とあんたらの『当たり前』は違うんだっつーの!
少しは褒めることをしろい!
「やぁ……ってどしたそんな顰めっ面で」
イライラが顔に出ていたか、友達が心配そうに話しかける。私は今朝の散々な出来事を……少し誇張して友達に話した。
「あーね。むかつくなぁそれは」
「でしょ? もう朝からガン萎え」
「で、どうした?」
「ん?」
「ぶちかまさなかったの一発?」
「はぁ!? 仕返せって!?」
「当たり前じゃん」
そう言って私を追い越し、くるりと振り返る。
「私の『当たり前』は少しバイオレンスなのだ」
ははは!
と笑う彼女を見て、今朝のことなんてどうでもよくなってしまった。
こんな友達だから、一緒にいて楽なのだろうな。
街のあかりひとつひとつに
家庭があって、
それぞれの人生があって、
思い出がある。
そう考えたら、
この地上の星々のようなあかりが、
なんだかより壮大で美しく見えた。