とある日の休み時間のこと。
もぐもぐとご飯を咀嚼している私の前で、友達が何やら細長い紙に文字を書いている。
「何してんの?」
「願いごと書いてんの」
あぁそういえば、今日は七夕か。と黒板の日付を見て思い出す。高校生になって縁遠いものになり、すっかり忘れていた。
……にしても書くのが早くないか?
「早くないとだめなの」
私の問いにそう答えて、友達はにっこり笑う。
「どうして?」
「願い事ね『織姫と彦星が会えますように』って書いたんだ。だってほら、一年に一回しか会えないのに、ダメだったら可哀想じゃん?」
ちらりと窓を見やると、お世辞にも晴れとは言えない微妙な天気だった。
「晴れるといいなぁ」
友達が笑うのにつられて私も笑う。
きらきらとした天の川のような、純粋な友達の瞳が、私は好きだ。
そんな友達の側に、いつまでも居たいと私は願った。
友達で旅行に行った事だとか、
家族でパーティを開いた事とか、
恋人とデートした事だとか、
そんな友達の思い出を聞いていると、
たまに私は無性にそれらを食べてしまいたくなる。
食べたって私のものになるはずないし、
私のひとりぼっちの日々が変わるはずないのに。
だけれど、一口だけ食べてみたい。
きっとそれは口の中でとろけてしまうほど美味なのだろうから。
飼っていたポチが死んで、私が泣いてた夜。
友達の花ちゃんは私の背中をさすりながら言った。
「あの星のひとつひとつはね、
死んだ人の魂なんだよ。
ああやってお空から私たちを見守ってくれるって、おばあちゃんが言ってたの」
顔をあげて空を見上げると、たくさんの星の中で一際小さく、茶色っぽく光ってるものを見つけた。
「……ぽち」
思わず呼びかけると、その星は私に答えるように
『きらり』
と一際明るく輝いた。
「答えは、神様だけが知ってるのね」
これは、隣の席の彼女の口癖だ。
はじめて話しかけられたのは、席替えをして隣になってすぐのことだった。
「ねぇ、どうして空は青いのかしら」
空?
唐突な問いに思考が停止する。
そういえば、考えたこと無かったな。
……はて……。
そのまま3分くらい経っただろうか。彼女は狼狽して何も言えない僕に向かって口を開いた。
「答えは、神様だけが知っているのね」
そして彼女はぷいと前を向く。
……怒らせてしまったのだろうか。
「ごめん。何も言えなくて」
つんとした横顔に謝罪を投げかける。
「いいのよ」
彼女はこちらをチラリと見て、微笑んだ。
…
それから彼女は毎日のように、僕に質問を呼びかけるようになった。
「ねえ、どうして天気予報って外れるのかしら」
「ねえ、どうして昼になると眠くなるのかしら」
「ねえ、なんで蛍光灯って白いのかしら」
「ねえ」から始まる彼女の問いに、僕はその都度頭を悩ませた。
そうして、その会話たちはいつも、
「答えは、神様だけが知ってるのね」
そんな彼女の言葉で終わっていくのだ。
僕はそれがどうにも悔しくて、なんとか答えを紡ぎ出そうとした。けれど、いつもピッタリな解答を導きだせないうちに彼女は終わりの言葉を告げる。
申し訳なかった。
なんとか彼女に答えを教えて、喜ばせたいと思った。
僕の中に芽生えた新しい感情にすら答えを出せないのだから、彼女の難しい問いに答えを出すのなんて、
きっとずっと先の話になるのだろう。
…
「ねえ」
ある日の帰り道。
少し前を歩いている彼女の言葉に身構えた。だが、
「どうして、あなたは毎日私の問いを真剣に考えてくれるの?」
今日はいつもと少し違っていて、
「煙たがらずに毎日毎日、難しい顔をして考えてくれる。必死になって、考えてくれるの?」
僕はどうしてか、すぐに答えを出すことができた。
「それは、僕が君を好きだからだよ」
僕の問いに彼女が振り向く。
そして、真っ赤な顔で笑った。
その日、僕ははじめて彼女に答えを言うことができたのだ。
…
「もし僕が、さっきの君の問いに答えを出せなかったらどうするつもりだった?
また『神様だけが知ってるのね』って言った?」
「ううん。待つつもりだった。
それが何日でも、何週間でも、何ヶ月でも。
だってきっと、
この答えを神様は知らなかったから」
この道の先に何があるのだろう。
真っ暗な闇かもしれない。
キラキラした希望かもしれない。
期待して足を進めて、いつもそこで目が覚める。
毎日毎日そんなことの繰り返し。
諦めてその場に座り込んだところで、時には脇に逸れてみようと考えたところで、逆走してみようと思ったところで、それは無駄だった。中途半端に目が覚めて、その日は色々と最悪だった。
だから進み続ける。
いつか、その先にある何かのために。
何かが無いとしても、果てが無かったとしても。
きっとそれは、死ぬまで続く旅になるだろう。