『目が覚めるまで。』
眠れる森の美女に出てくる魔女のリンゴ。
そう、あの有名な毒リンゴ。
ねぇ。あなたも知ってるでしょう?
でも本当はね?毒なんかじゃなくて運命の人を選別する魔法のリンゴなんだと...
私は思っているわ。
暴力を振るう父や母、いじめてくるクラスメイトたちから私を救って?
あぁ...。早く会いたいなぁ...。
「おやすみなさい。」
辛い現実から甘い夢の中へ。
彼女はすりおろしたリンゴに大量の睡眠薬を入れ、それを飲み干す。
運命の王子様が彼女の目を覚ましてくれることを夢にみて。
『もし、晴れたら。』
湿った匂いとよく知る音が聞こえる。
瞼をあげると雨が降っていた。
部活が終わり帰りのバスを待っていた私はいつの間にか寝てしまっていたようだ。
寝ぼけ眼のまま自然な動作でスマホの画面を照らし見る。
「.....十四時」
約一時間ほど寝ていた。
固いベンチで寝ていたからか体の節々が痛い。
体を伸ばすために立ち上がり体を反らす。
陸上部のスラッとしたラインと小さくもない凹凸が強調され、それによって生まれる僅かな隙間からおへそが顔を見せる。
「ッ――ふぅ.....?」
ふと視線があることに気づいた。
「あ、先輩」
『...ご馳走様です』
体を伸ばしたまま固まる私。
気まずい空気を私のお腹が壊した。
ぐぅー。
「先輩、ご馳走様です」
『....はい』
そこから二人は無言のまま雨が上がるのを待つのであった。
『 常夜灯 』
目の覚めた時には黒い景色があった。
寝起きで朦朧とした頭にカビと酒の混ざった強烈な臭いと頭をグワングワンと揺らすような感覚が襲ってて、私は飛び起きた。
ダンボールが私の上に被さっていたのか黒の視界が一気に拓ける。
カビ臭さの原因はこれのせいだ。
眩しい日の光が私の体を照らし鈍った感覚と昨日の記憶を戻す。
酔った時の記憶が残るというのは色々な意味で困る。自分のやらかしを覚えているからだ。逆に何が起きたかわかってさえいれば対処出来ることもあるのだが...。
そう考えている間にスーツの汚れを手で軽く払い、崩れた身なりを軽く戻した。
辺りを見渡すとダンボールハウスがチラホラと....。
嫌な予感を感じた。私はすぐさま貴重品の所在を確認する。
スマホに財布...あったのはこれだけ。
寝ている間に漁られたのか財布の中身のお金と腕時計が無くなっていた。
さて、どうしたものか。
二日酔いの状態で考えてもまともな答えはでない。
...ひとまず帰ろう。
道中、昨日の記憶を辿る。
私はその日、違法労働スレスレの会社を辞めた。
疲れきっていた灰色の身体は色を欲しており、沢山の色が惑わす場所へと導かれるのは必然であった。
最初は青。次は赤、その次は黄色又次は桃に緑に紫...。
眩しすぎるくらいの色達に遊ばれる。
その時はとても楽しかった。
様々な色が体に混ざり気づいた時にはぐちゃぐちゃに混ざった何かになっていた。
一時的に得た色は一時的に過ぎない。
終わればまたもどる
得たものより、失ったものの方が多かったことを実感した。
そしてやっとのこと、帰りついた頃には外は暗く、昨日までの色は全て抜け落ちていた。
疲れた体そのままにベットに眠る。
一点だけ淡く光るオレンジ色が白い体を今日も優しく染めるのであった。
『もしもタイムマシンがあったなら_。』
"後悔した。"
誰しもが経験したことがあるはずだ。
"願うならやり直したい。"
人は間違えることもある。何せ未来の事なんて分からないからだ。
予測はできても完全に知ることはできない。人々が未来の出来事を知れるならとっくに世界は滅んでいるだろう。もしくは、絶望し考えることを辞めるだろう。
"あの時、こうしていれば....。"
迫られる無数の選択肢が複雑に絡み合い交差して生まれる世界は何が起きるか完全には予測できない。
できるとするならば....タイムマシンで未来を見るか、過去に戻ってやり直すか、もしくは....。
人々の光と闇が複雑に絡み合うネオン街。
その騒がしい喧騒から隠れたコンクリートの森の中の一室には、一人の死人(しびと)がいた。
死人の顔前にあるのは一本の片道切符。
行先は誰も知らない。
死人は切符を眺め続けている。
どれほどの時間が経っているのか分からないが手についた跡を見れば分かるだろうか。
死人は切符を両の手で握っては離し、握っては離し、を今も繰り返していた。
死人と言えど未知への道は怖いのだ。
こんなことをする前の死人には夢があった。
たくさんのお金を稼ぎ、好きな人と結ばれ、子供たちに囲まれながら幸せに過ごすというありきたりな夢。
現実は違った。
付き合っていた好きな人には浮気され、並んでいた宝くじの目の前で大金を当てられ、知り合いのツテで入った会社にはボロ雑巾のようになるまで安い給料で扱われ精神を病んでしまい、終いには近くで犯罪が起きたらしく身なり格好が似ているからと犯罪者扱いされたのだ。
まともな精神なら無実無根であるので取り調べに応じ待てばいいのだ。
死人にはそんなことを考える余裕も無くひたすら逃げた。
そして、心身共に疲れ、片道切符に手を掛けていた。
"もしタイムマシンがあったのなら。"
浮気をしない素晴らしい人と結ばれていただろうか。
もう少し早く来てクジを買っていれば大金は死人が手にしていたのだろうか。
知り合いのツテに頼らず職を探し心を病むことも無く働けていただろうか。
病むことも無ければ間違われても逃げることもなかっただろう。
あの時も、あのときも...
これが夢だったなら....
そう考えていてる間に体の限界が来たのだろう。
死人はふらついた拍子に足台から落ちてしまった。
鋭い衝撃と共に意識は途切れた。
死人が気がついた時には朝だった。
ふと、隣を見れば幼なじみが生まれた時のような姿で寝ていた。
先程までの事は夢だったのか死人は深く思い出せない。
今思い出せるのはIT企業に就職し上司に気にいられ昇進した事。
幼なじみに告白をして卒業と同時に結婚し二人の子供と幸せに過ごしている事。
嫁が最近宝くじで大金を当て家族が大騒ぎした事。
どちらが夢だったか分からないが幸せな方がいいと思い至った。
実際、死人は頭を打ち付け昏睡状態である。
死人は夢の中で生人となったのだ。
夢は幸せへと連れていってくれるタイムマシン。
夢の中でならいくらでもやり直せる。
過去から未来まで行ける。
タイムマシンはいつも、あなたの中にあります。
それでは、また夢で会いましょう。
『私の名前。』
「あなたのなまえはなんていうの?」
そう目の前の女の子に聞かれた私は反応に困った。
名前でなんて呼ばれたこともないからだ。
そんな私の様子をよそに女の子は言った。
「わたしがね!なまえをつけてあげる!なまえはね……」
女の子の言葉の途中、限界を迎えた私の意識は落ちてしまった。
私は母と二人で生活していた。
父はよく分からない。私が物心がついたときにはすでに居なかったからだ。
母は強く優しかった。
私は生まれた時から両耳が欠けていて他の子らからは気味悪がられていたのだ。
そんな私を母は護ってくれていた。
そんな母が大好きで、大好きで、私は母のそばを離れたくなかった。
こんな毎日がずっと続けばなと思っていた。
夢物語など現実には存在しない。
幸せな日々は凄まじい音を立て終わりを迎えた。
別れはいつかやってくる。
そんな当たり前のことを理解するより早く目の前から消えたのだ。
物理的に。
目の前であまりに速い質量に母は連れ去られる。置き去りになった私はあまりの出来事に動転して逃げてしまった。
事からの日々は散々だった。
私だけでは生きることも難しい。
いや、無理だった。
周りから気味悪がられている私に関わろうとするものいない。
あの出来事から食べず飲まずの日々。体も心もボロボロで、あとは死を待つのみ。
そのはずだった。
公園の草木の影で死を待っていた私の前に笑い声と共に人がやって来たのだ。
「わぁ!ねこちゃんだ!」
「あなたのなまえはなんていうの?」
この出会いから私の運命は大きく好転していく。
意識を失って力の無い私は抵抗も出来ずその子に抱きかかえられ、その子より大きな人の元まで連れてかれた。
「きめた!あなたのなまえはね!ミミ!おみみがないからわたしがみみをつけてあげる!」
女の子に大事に抱えられながら名付けられた。
……名付けられてから一ヶ月が過ぎた。
「ミミ!おて!」
「にゃ〜」
耳の無い猫は新しい家族にミミを付けてもらい幸せに暮らしている。
私の名前はミミ。
私の大切な名前。
お母さん、私は今日も元気に楽しい毎日を過ごしてます。