月が美しく輝く夜
私はある歌を聴いていた
それは貴方が好きなラブソングだった
"唯一人のあなたへ、本当にありがとう"
"ずっとあなたを愛しています"
"これからも側にいて、支え合って生きていこう"
今の私を貫くような歌詞ばかり
自分たちによく似合う曲だなんて冗談を言って
幸せだと笑い合っていた日々が遠く感じるわ
でも、これでよかったんだよね
貴方はもう私を愛せなかった
きっと私も、もう貴方を幸せにできなかったから
だから、貴方を想うのはこれでお終い
私は替え歌を口ずさみながら帰路につく
"唯一の貴方へ、今までありがとう"
"ずっと貴方を愛していました"
"これからは別の道、互いを忘れて生きていこう"
月のない夜だった
ふと机を見ると、一通の手紙が目に入った
それは私が貴女に送るはずだったもので
手紙を開くと「愛している」とだけ書かれていた
私は少し前まで、確かに貴女を愛していた
貴女といるだけで幸せだった
私はその幸せを愛せなくなってしまった
別れ際、静かに泣く貴女を見ても
涙を流すことなんてできなかったのに
どうして今になって涙が出てくるのだろう
もう貴女を愛せない
後悔しても意味などないのに
私は「愛している」の文字を消し
送ることのない手紙に言葉を綴った
"貴女へ、本当にごめんなさい"
"今まで私を愛してくれてありがとう"
"どうかお元気で、さようなら"
同じ大地の上にいるのに
同じ空を見ているのに
貴方の声も姿も人となりも
私は何一つとして知らない
どこかでその瞳を見かけても
それが貴方だと気づけない
どうしてこんなに切ないのかな
きっと、これから先もずっと
貴方を知ることなんてないのに
どうしてそんなことが悲しいんだろう
街の一角にある本屋で小説を探していた
今の私の心を代弁してくれる本が欲しかった
どうしようもなく悲しくて
心が壊れてしまうような後悔の物語を
店内を回っていると、ある一冊の本が目に入った
『sweet memories』と名付けられたその本は
二人の恋の成就を辿る王道の恋愛小説だった
どうせ最後はハッピーエンドなんだろう
「なんてくだらないの」
私は本を戻し、店を飛び出して当てもなく走った
酷い雨に打たれていることも気にならなかった
意味のない考え事ばかりが心を占めていて
ねぇ、行き場のないこの願いは
どうやって捨てればよかったんだろう
私だって報われたかった
好きな人に好きになってもらいたかった
こんな痛みに苦しめられるくらいなら
いっそ貴方を知らないままでいたかった
「明日は遂に歴史に刻まれる瞬間となり
そして、私の最期の日でもあるだろう」
そう言い放った貴女の瞳は
覚悟と揺るぎなき信念に満ちていた
でも、その覚悟の裏にある恐れと憂いを
私はずっと知っている
「怖いのか、貴女が向かわんとする死の先が」
私が問うと、貴女は微笑んで頷いた
「怖いさ。私のように反乱を率いたものは
きっと天に迎え入れられることもない」
こんなに泣きたくなったのはいつぶりか
人々を救おうとした貴女の想像する未来が
あまりに報われないものであるように感じて
「天国は遠く在るものだ
近くに在っては皆すぐに行きたがってしまうだろう」
口をついて出た夢物語に己が呆れたが
「その通りだ」と笑う貴女に、私は心から祈った
願わくば、遥か先の平和な未来で
貴女が全てを忘れて幸せに生きられるように
それが、風とともに自由を謳う貴女への
唯一の手向けだっただろう