女神は狂い世界に絶望をもたらし
悪魔を率いて光さえも奪おうとした
我らが勇者は堕ちた女神の身を貫き
世界は再び安寧を取り戻したという
これは王国に伝わる伝承だ
裏切り者を討ち滅ぼし正義を讃える
実に素晴らしいことだ
未来を護った勇敢な英雄も
さぞかし喜んでいることだろう
だが、私は知っている
誰も知らない、もう一つの物語を
今ここで貴方に話そう
英雄譚の裏に隠された、悲しい伽話を
女神像は泣いている
粉々に砕かれた、悪の女神像は
最期までその手に花を守り
愛と無念を抱き、ただ静かに泣いている
何も見えず、何も聞こえない
暗がりの中で、ただ静かに目を閉じている
煌々たる光が生む眩しさに
私は恐れ逃げ出し
安寧と静寂を守る闇夜に隠れ
全てが過ぎ去るのを待っていた
ただ息をすることが、酷く苦しかった
しかし、いかに残酷であろうと
人生とはきっと儚く美しい
足元を微光が照らした
この暗がりを抜け
今度は光の下で生きねばならない
刹那の憩いの中で
世界を照らす光の暖かさに
一体どれほど焦がれたことか
全てを隠し安寧をもたらす闇の静穏たるを
一体どれほど望んだことか
貴方が好きだった紅茶の香りがする
一体誰がこんな悪質な悪戯をしているの?
今さら思い出させるなんて残酷ね
この香りを辿っていっても
貴方に会えることはないのだから
ずっと独りだった。友達になってくれてありがとう
貴女はいつも私に言ってくれた
だから、つい目が眩んでしまった
お姫様を夢見た貴女に、少しでも喜んでほしくて
私は貴族の宝石に手を出してしまった
すぐに兵に見つかり、隙をついて走り出す
ごめんなさい、すぐに返すから
そう思った瞬間、腹部に鋭い痛みが走った
私は射られたのだ
宝石の持ち主は、私のもとに来て言った
卑しい盗人よ、顔を見せなさい
私は彼女の顔を見る
そこにいたのは、私の友達だった
あぁ貴女、私といたのは貴族のお遊びだったのか
言いたいことはたくさんあったが、力が抜けていく
それでも私は、声を絞り出して言った
ごめんなさい、私の、大切な友達
薄れゆく意識の中、最期に見えたのは
私の名前を泣き叫びながら駆け寄ってくる
私のよく知る、友達の姿だった
さようなら、私の光よ、愛した人よ
貴方はそう言って微笑んで
静かに私に背を向けた
さようなら、愛しい人。きっと、またいつか
そう返事をして、私も貴方に背を向ける
だけど彼と違って
私は歩き出すことができなかった
きっといつかなど、ないのだから
私たちはここで終わるのだから
私はただ、苦しみを吐き出すように
行かないでと声にした
届かない言葉に嗤い、涙を拭いた
もう立ち尽くしている時間はない
たとえどのような結末になろうと
最期は笑って、この悲劇を終えるのだ