もうじゅうぶん時間は稼いだ
皆は今頃峠を越えた頃だろう
追手が彼らに追いつくなど無理な話だ
私は息をつき、自らの足を見やった
きっともう、故郷に帰ることはできない
冷たい風が髪を揺らす
そういえば、衣替えの時期であった
足止めを遂行し未練などないと思っていたが
欲を言えば、美しく雪と舞う貴女を
たった一目でも、この目で見てみたかった
この願いはもう決して叶わないけれど
貴女が生きて、時折でも私を思い出してくれるなら
騎士としてそれ以上に望むことはないだろう
そのはずなのに
欲深い私は最期まで願ってしまう
もし、来世があるのなら
その時はきっと平和な世で、貴女の側に
この戦いで愛する人を失った
彼女を失って初めて知った
誰かを失うということは
こんなにも苦しいものなのだと
英雄と呼ばれた私は、敵を悪だと信じ
一切の躊躇なくその命を奪った
だが、私は
私こそが、悪魔のようではないか
一体どれほど、誰かの大切な人を奪ってきたのだろう
私の隣で彼女に追悼を示している友は
ただ静かに、独り言を言うように呟いた
君は確かに、ずっと奪ってきた
誰かの希望を、光を、愛を
だが、忘れないでくれ
それは同時に、誰かの大切な人を守っていた
彼女はずっと、それを君に伝えたがっていたよ
その言葉を聞いて
私の心は哀惜と後悔に支配された
もう二度と会えぬ彼女への想いを叫ぶように
ただ、声が枯れるまで泣き続けた
なぜ裏切ったの、なんて
貴方に聞いても答えないだろう
貴方は堕落し、私に刃を向けた
私の声など届かない
貴方を愛した、私の言葉など
思えば始まりはいつもこの場所からだった
私と貴方が出会ったのも
彼らを滅する決心をしたのも
半身として互いの剣、盾になろうと
誓いを交わしたのも
ならば、ここで終わらせよう
青きステンドグラスを通す光に照らされた
貴方の瞳が二度と曇らぬように
ここで、私の光と共に
すべてを忘れて、貴女は幸せになって
そう言って微笑んで、花と消えた貴女を
私はずっと、心に想っている
愛を知ってはいけないなんて
あれは女神様の意地悪ではなかった
気高き存在と呼ばれる私たちは
誰かを愛して、堕落してはいけなかった
すべてを捨てて貴女と堕ちたのに
貴女は何も残さず消えてしまった
この哀惜を忘れてしまわなければ
直に私も消えてしまうだろう
でも、どうして忘れることができるというの
貴女の存在を
貴女を想った証を
そのすべてを失うというのなら
私も、貴女の愛と共に花となって消えよう
王国は度重なる天災に見舞われ
恐怖と焦燥に駆られた国民は
森の民が神の怒りを呼んでいるのだと怒り狂った
暴動が起こるのも時間の問題だったのだ
私は一人の騎士を呼び出し命令を下した
異端の民を根絶やしにせよ、と
優秀な騎士であり古くからの友人である彼は
私の意図をすぐに理解したようだった
長きに渡る親交の末の裏切り
彼らには生涯恨まれるだろうがそれでいい
私はただこの罪と無念を吐き出すように
やわらかな光が照らす肖像に祈った
愛しき妻よ、許してくれ
貴女の家族を裏切り、森の最奥へ追いやることを
無二の友よ、許してくれ
憎まれ役、愛する者との別れを強いることを
そして神よ、お許しください
民の恐れも晴らせぬ、安寧も守れぬ
この弱き王の無力を、独白を