「この中に入れてきたんですけど
蓋、開けますね」
『あぁ、確かに。これは収まりきらなかったでしょうね。初めてですか?』
「初めてです。びっくりしました。」
『そうでしょうね』
そんな会話をして、先生と私は暫くタッパーの中で激しく脈打つ私の心臓を見つめていた。
『で、戻すにしても、同じ感情を持ったままだとまた鼓動が激しくなるので、飛び出してきて無意味なんですよね。元になる感情を落ち着ける事は可能ですか?』
「ある人の事を思うと、激しくなるんですけど、思わずにはいられない状態です。」
『あの、恋煩いですかね?』
「はい、そうです」
『でしたら、サイレントタイプの物を入れますので、落ち着くまでこのまま好きに動かさせてやって下さい』
先生はそう言い、手術は親不知の抜糸よりも簡単に終わった。
タッパーよりも衛生的な入れ物に入れ替えてもらい、そのまま保冷バッグに入れて遅れて出社した。
憧れの君の姿が見えたので、はっと胸に手を当てたが、どくんどくんと鈍い音は机の横にかけた保冷バッグから聴こえてきた。
#胸の鼓動
「ソイラテでお待ちのお客さま~」
爽やかな笑顔で呼んでくれた。
「はい」と、一歩前へ出ると
「ごゆっくりお過ごし下さい」
と、温かいカップを手渡してくれた。
会釈して席につき、ふと紙のカップを見たら、マーカーでスマイルマークが描いてあった。
何でもない今日という日がとても良い一日に思えた。
帰り際、「ごちそうさま、スマイルありがとう」と声をかけた。普段は無言で店を立ち去っているので、少しどきどきしたけれど、嬉しい気持ちのバトンはきちんと渡したい。
些細な事こそきちんと。
#些細なことでも
生きていく中で、心が暗く冷たく塞ぎ込んでしまうことがある。
そういう時、読んでいた本の文章であったり、聴いていた誰かの言葉にはっとさせられ、その文章や言葉を反芻するうちに、
ぽっと心にあかりが灯る、そんな経験を何度かしてきた。
言葉は心の栄養であり、私にとっては三度の食事と同様に大切なものだ。
#心の灯火
いっそ、タイムカプセルみたいに地面に埋められたらね。
#開けないLINE
「君は一体、僕のどこが好きなわけ?」
唐突に彼に聞かれた。
どこが?とか考えたことがなかったので「えーっとねぇ」からすぐに出ない。もちろん、好きは好きなのだけど、どこって言われたらどこかな?
「え、じゃあ、逆に聞くけど私のどこがすき?」と聞くと
「理由はない。好きだから好き」という返事。
「じゃあ、一緒だね、私も。好きだから好き」
すると、彼は「やっぱりそうだよな?そうなるよな?職場の子が彼女にどこが好きか聞かれて困ってるって言ってたから」
「ふぅん。全部、特に笑った顔!とか言ってあげたら安心するんじゃない?」
「君はそれで安心するの?」
「私は…しないかな。気持ち悪いかな」
「なんで気持ち悪い?」
「だって普段そんなこと言わないのに言われたら気持ち悪くない?」
「だね」
「あ~そういうこと言わないところとか好きかな」
「僕?」
「うん」
「普通女の子言われたいんじゃないの?」
「多分。だいたいが。でも、そういうとこ、ことごとく外しちゃう計算の無さというか、計算しても間違ってるのか、届くべき所に届けられていない所が逆に好きかも」
僕は何と返せばいいのかさっぱり分からない。
「つまり、完全な男の人なんてつまらないわけよ。でこぼこしてたりたまに変化球がくるのが人間らしくていいし、私もでこぼこだらけだから居心地いいんだよ」
「なるほどね、てことは不完全なの?僕って。完全でないとは思うけど」
愛すべき不完全な彼はそういってクッションを丸くしたりねじったりしてしばらく眺めていた。
そういう彼を見る時、私は幸せだと感じる。
#不完全な僕