虚紳士

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2/24/2025, 5:17:24 PM

僕は、子供の頃から花占いが好きだった。

「あの子は僕のことが、好き、嫌い、好き、嫌い、好き…嫌い…」

なぜだかいつも『嫌い』で終わってしまうし、あんまり当たってなかったから、占い自体は信じちゃいなかった。だけど、花びらを一枚一枚、プチ、プチ、とちぎる感覚に何とも言えない高揚感があって、僕は花占いを夢中でやっていた。
小学生になっても、中学生になっても、そして、高校生になっても…。


新学期明け、ざわつくホームルームに、少し遅れてきた先生に続いて入ってきた。

あれは…花だ。
綺麗な桃色の花弁をつけた一輪の花だった。
…なぜ花が教室に入ってくるんだろう?
意味不明な状況でチンプンカンプンだったが、とにかく僕は、その時一目でその花に夢中になった。


その日から僕は桃色の花のことしか考えられなくなった。
教室にいる間もずっと見ていたし、自分の部屋でくつろいでいる時も、お風呂に入ってる時も夜寝る前も…。あんなに綺麗な花はない。あの花弁ときたら、息を呑むほどに美しくて…。

絶対に手に入れたい。手に入れたら、その時は…
抑えきれない高揚感に、指先が疼いていた。



…いつかの放課後の帰宅途中、僕は教室に課題ノートを忘れていることに気がついた。
だいぶ遅くのことだったので、教室が閉まってるのではと慌てて学校へ向かった。

汗がダラダラ。息がゼェゼェ。階段を駆け上り、バン!と荒立たしく教室の扉を開けた。
そして、僕は驚き、指が震えた。


真っ赤な夕日の差す静かな教室にポツンと、一輪の花があった。
驚き、静かに僕を見ていた。


その姿に僕は凄まじい高揚感に襲われた。一歩一歩、近づいて。


なんて、綺麗な花なんだろう。
優しい桃色で…そんなに繊細で美しく透き通ったような花弁をつけて…それに、何だかいい匂いだってする。




…どんな感触がするんだろう。





…ああ、触りたい。…触らせてくれ。









だから、僕は────



─────『一輪の花』

12/2/2024, 3:15:23 PM

──私の心がしぼりを失ってから、もう随分と経つ。
 
 私以外のにんげんは、心にしぼりを持っていて、嫌なことがあっても、そこにぼかしをかけて、他のものに明るいフォーカスを当てるのだ。
 そして、いつしかそれは画角からも外れる。光のモチーフに焦点を当てながら、この世を撮り続けているのだ。

 私にはそれがない。
 ずっと広い画角で、嫌でたまらないことを鮮明にフィルムに焼き付けている。尤も、私は素晴らしいこともよく知っている。夢を語る童話、美しい映画、具のたくさん入ったスープ、洗練された音楽、友と遊んだ記憶、その他もろもろ。
 けれど、そこだけを見ることができない。私の闇は、光と等しく鮮明で、光はまったく目立たない。ノイズの中に光の点が混じったってわからない。
 私の画角は広がるばかりで、決してモチーフが画面から外れることはない。

 心のしぼりがあれば、きっと嫌な記憶は仄暗くなって、点々とした素晴らしい記憶は美しく照らし出されるのだろう。
…みんなは、そんな星空のような心を持っているのだろうか。

…まったく、羨ましい。…まったく、恨めしい。

───『光と闇の狭間で』

3/28/2024, 2:57:08 PM

…あぁ、どうしよう。

君に、そんなにも熱心に、じっと見つめられると、
手に汗が滲んできて、思わず身体が動いてしまいそうになる。


…いい加減、目の前の帽子にお金を入れてくれないだろうか。

──『見つめられると』

3/15/2024, 1:19:55 PM

『これ、くださいっ!』

声のする方を向くと、机からのぞかせる手がひとつ。カウンターよりも背丈が小さな少女の、小さな手に、キラキラと磨かれたコインが握りしめられていた。

『はいよ。お嬢ちゃん、これはつかみどりだ。
この瓶の中に手を突っ込んで、なるだけたくさんつかむんだよ?』

少女は自身の小さな手を、瓶の中でめいっぱい開いて、つかむ準備をする。店主も今か今かとじっと見守った。


『つかんだぁ!!…わっ!』

ぎゅっと掴んだ甘い星は、手のひらからポロポロとこぼれおちた。

3/14/2024, 2:40:06 PM

ぱら…ぱら…ぱら…

──ああ、なんと素晴らしい物語だろう!こんなにも満たされることがあるだろうか!

おっと、これはいけない。
つい夢中になってしまって、珈琲をすっかり冷たくしてしまった。
まだこんなにも残って──


…おや、目元もつい緩んでいたみたいだ。

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