『涙の理由』
なぜ涙が出るんですか?
そう問われたけれど答えられなかった。
泣くのに理由なんているのだろうか。
意味もないし理由もないけど
漠然とした、何かが押し寄せている。
理由もなく泣いている。
なぜ、の答えにはならないけれど
私の口はこう言っていた。
「仕事に、行きたくない……です」
2025/09/27――???
『パラレルワールド』
ぼくはなぜここにいるのだろうか。
なぜ、こんなところに立っているのだろうか。
大都会の――それも一等高級なアパレルショップやアクセサリーショップ、飲食店が立ち並ぶこの区間の、それそれは大きなショッピングビルの目の前に。通り行く誰もがぼくを避けて、あのガラスドアを押して入っていく。
無論、ここに佇む理由を忘れたわけではない。
ぼくはあのドアを引いたから、ここにいる。そう、このビルにあるレストランにいたのだ。……つい五分ほど前まで。二人で。
『ごめんなさい』
今日は交際して1年。記念日だった。結婚を前提に付き合っていた……はずだった。なのに勇気を振り絞って告げた言葉の返事はそれだった。
どうして。
なんで。
そんな疑問より何よりも彼女の気持ちに気づかず、一人成功すると確信を持って疑わなかった己を真っ先に恥じた。同時に、庶民には背伸びしても届かない身の丈に合わないこのようなレストランを予約したカッコつけしいロマンチストぶりに頭が痛くなったし、スタッフの方々の動揺や不安を肌で強く感じ居た堪れなかった。思わず引かれてもいない椅子から立ち上がり、その場から逃げた。
『そういうところよ』
呆れたような、ため息混じりの彼女の言葉がぼくの背中に叩きつけられる。
そこからはどう降りてきたのかも分からない。ただただ、脳が痺れたようになり、何も受け付けなくなってしまった。
はたと気付いたときにはここにいて、――今になっていた。
「はぁぁ……」
深いため息をついて下を向けば、見慣れない革靴と馴染みのないスーツの裾が目に入る。この形に行き着くまでのいろいろな出来事と、それらが報われることのない遣る瀬ない想いが渦巻いて、見ていられず天を仰いだ。
――どこで間違えたんだろうなぁ。
あの場で立ち上がらずに食い下がればよかったのか。
それとも『ごめんなさい』の言葉を聞いたときに尋ねればよかったのか。
いや、今日ではなく先日のことかも知れない。もっと前かも知れない。
彼女のファッションをもっと褒めればよかったのだろうか。
彼女が精一杯作ってくれた料理を褒めればよかったのだろうか。
――どうして、拒まれたのか。自分は頑張ったのに。
ニートからバイト生活をして、正社員になったのに。
彼女の隣にいてもいいように小綺麗になったのに。
彼女に見合うようにブランド物を身に着けたのに。
彼女に似合うネックレスをあげたのに。
『きみの絵、好きだな』
アトリエに一人籠もって絵の具だらけのぼくにそう言ってくれたキミには、どうやったら会えるんだろうか。
2025/09/25――創作
『時計の針が重なって』
「2,872回」
「……はい?」
「長針、短針、秒針が24時間で重なる回数だよ。2,872回」
「はあ……そう、すか」
「ああ、もちろんこれには前提がある。スイープ時計と呼ばれる秒針が連続で動き続ける時計で数えた回数だ。カチカチと動くタイプは実は重なっているように見えて重なっていなくてね。6度のズレが……というのは置いておこう。話が長くなるし、逸れてしまうから。とにかく常に動いている秒針であることを前提とした」
「なる、ほど?」
「もし人生80年だとして、その数はおおよそ83,836,968回に上る。あ、うるう年をもちろん入れてね」
「……はあ」
「しかしだ。長針、短針、秒針の三本が重なるのは58,438回まで減る」
「……先輩、さっきから何が言いたいんす?」
「重なる回数を多いか少ないかは個人の価値観による。けれども、その回数分くらい巡り合う可能性はある、ということだ」
「はあ」
「つまり、要因が重なればまたいい人に出会うことも起き得るという話さ。……彼女と別れたのは気の毒だがな」
「…………先輩」
「なんだい」
「慰めるならもう少し分かりやすいのがいいっす」
2025/09/24――創作
『どうして』
どうして芸能人に清廉潔白を求めるのだろう。
自分だって、家族や恋人、友人、親戚、仕事仲間、後輩、先輩、客……見せる顔が全て違うのに。
どうして一方的に応援しているだけの存在に「純粋無垢で清廉潔白である」と思えるのだろうか。
2024/01/15――考え
『一筋の光』
――それはこの危機的状況を切り抜ける一筋の光だった。
…………あーあ、出たよ。このパターン。
ここまで絶望的に追い詰められ八方ふさがりの中、突如現れた救世主や突発的なひらめきで危機を脱するこのパターン。
せっかく面白い題材でよくできた構成だったのに。たかが〝一筋の光〟だなんて言葉でまとめてしまうのは浅はかすぎる。
そんな首の皮一枚繋がってるだけの状態なんてそうありはしないし、大逆転を起こせる奇跡なんてまずない。なのに、お手軽ハッピーエンドへの舞台装置を簡単に起動させてしまう人の多いことと言ったら。実に勿体ない。
作者に失望した私は本を閉じた。そして次に読む本を探す。
……しかし改めて図書館はいいものだと思う。時間の制限はあるが、好みの本を好きなように探せる。好みの作家に出会えることもある。素晴らしい場所だ。
とは言え、私は好みの作家どころか好みの作品にすら出会ったことがない。
……おそらく、私好みの作品は存在しないのだろう。
誰もがフィクションに希望を抱いており、理想を描いている。非現実な世界くらいは奇跡が起こる優しい世界であって欲しいと願っている。だから、この世の作品は〝一筋の光〟や〝大逆転〟とか〝唯一の希望〟で溢れているのだろう。
私はため息をついた。
好みが見つからない図書館で、今日も一筋の光を探し続けている。
2023/11/05――創作