好きな色
のどけし春の八十八夜。宵の風に乗って、揺蕩う夢見草。君に戸惑う僕みたい。
君の瞳のなかで、静かに芽吹く春が好き。君の見ている春の色が好き。澄み渡った蒼穹に、ほころびるようにひらりと咲かせる花々。冬の名残の凍て解けが、おひさまの光を浴びて輝いている。
僕の目ではみることの出来ないその景色が、確かに広がっていたんだ。
――八十八夜の別れ霜。
もうすぐお別れの時間だね。今日、この別れ霜が降りきったら、次の春までさよならなんだ。
季節が巡れば、僕たちはまた会えるかな。
僕は君を忘れないけれど、君は僕を忘れないでいてくれる?
……そっか、嬉しいな。また会おうね、きっとだよ。
――僕の好きな色は、君の瞳の春の色。
君が教えてくれた、たった一つの世界の色。
落下
落ちていく。
深淵に吸い込まれるように、辺りいちめんの闇に飲み込まれるように、黒に侵食されていくように、落ちていく。
今の時間も、左も右も、なにも分からない空間のなか。
ただ決して動かないこの身体が、下へ、下へと落ちていく。
まだ光は見えない。
けれどきっと君は近くにいて、僕を待っている。信じているよ。
地獄の底で嘆く君を、天上へ連れて行ってあげる。
君と僕が、今度こそ幸せになれる場所。
君と僕が、今度こそ愛を誓える場所。
君と僕が、今度こそ生涯を共にできる場所。
だから、まだ待っていてね。
――駄目。僕が隣にいないからって泣かないで。
僕たちを繋ぐその糸は、まだ切れていないはずなんだ。きっともうすぐ、辿りつくはずなんだ。
啜り泣く君の声が聞こえてきて、僕は早くその涙を拭ってあげたいと思った。
今度こそ離さないって、伝えたいと思った。
君のもとへ落ちてきたら、全力で抱きしめてね。
My Heart
桜の木の下に埋まっている。
わたしのココロはそこにある。
桜の木の下で、君に想いを告げた。
君は笑って、わたしを地面へ押し倒した。
どうしてか、君はわたしに土を被せていた。
春は、わたしにだけ来なかった。
わたしのココロを、土越しに誰かが踏みしめて
「はいチーズ」という声の後にシャッター音が鳴る。
きっとここは一面、春景色。
桜の木の下で眠る、わたしのココロ。
出会いと別れの春の下で、静かに、静かに眠っている。