#10『やわらかな光』
朝4:30から勉強。実はまだ月が見えてたりもする。静寂の中、ノートを走る音だけがしていて、集中力が増していく。
だんだんお腹が減って、気づけばカーテンからお日さまの光が。ここでちょっと紅茶のおかわりを。
#9『鋭い眼差し』
向かいのピアノに座るのは、色白の肌に栗色の髪で、なんだかハーフみたいな顔立ちの彼。久しぶりの連弾で心が弾む。ちょっぴり緊張もするけど。
毒舌でSっ気があって無表情なものの、テニスもできてモテそうなのに、学校では独りでいることが多いらしい。まあ、こちらとしては取られる心配がなくて助かる限りだ。
楽譜を広げて彼の方に目をやると、突状棒で抑えた屋根と譜面台との隙間で視線がぶつかる。……びっくりするでしょうが。毎日のように顔を合わせているのに、ふとしたことで胸がキュンとなってしまう。指をグーパーさせて準備OKを伝える。
彼の優しい最初の1音が好き。空間に溶け込むように響き渡って、誰よりも甘く弾いてくれて。これを聴けるのが私だけだと充足感を得ずにはいられない。彼はまた、私の音が好きだという。あなたに勝るピアノはないのに。
互いに求めて与え合う、そんな関係。ただ、側にいてくれればいい。2人でおはようって言って始まる朝に、たまに授業中にLINEして、放課後とか休日にゲームして。仲の良い女友達にも言えないことを気負わず話せて、私が私でいられる場所。
彼の音が止まって不思議に思えば、隣に来て同じ鍵盤をなぞり始めるもんだから、自然と笑みがこぼれてしまう。もう少しだけ、このまま。
#8『高く高く』
カーテンコールで宙を舞う華は全てトップの座に君臨する彼女のため。目に涙を浮かべて感謝の言葉を口にしている。この舞台を持って彼女は引退。だから私は繰り上がりで2位になる。いつか上の2人を打ち負かしてやろうと思っていたのに。これじゃあ、勝ち逃げじゃないか。
圧倒的なオーラを放っていた彼女。これまで、どれだけの女の子が憧れ、現実に夢破れてきただろう。私は結局若さだけ?……いや、違う。歌もダンスも練習は人一倍やってきたし、裏方の仕事も覚え、舞台美術を学び、心理学の知識も活かして自然と心揺さぶる演技をするのが私。猛勉強と分析が私の武器だ。
「私ね、貴女みたいな女優になりたかったの」
いつ抜かされちゃうかヒヤヒヤしてたんだから、だなんて、隣のハリウッドミラーに立ったと思えばなんてことを。私だってそうですよ、と返してメイクを落とす。
「貴女の持ってる物、出し惜しみせずに全部使いなさい」
口紅を塗り直し、じゃあね、未来の大女優さん、とウインクして楽屋を去る彼女のなんと艷やかなことか。
2年後、書き進めていた戯曲とオリジナル曲が評価され、客席最前列の彼女から華を投げ入れられることを、私はまだ知らない。
#7『子どものように』
子供っぽいとこあって以外ー、最初は美人でクールだと思ってたけどかわいい。これでいいんだ。
小さい頃から、年下や同い年の子の面倒を見るようよく頼まれた。しっかり者ねーなんて言葉に素直に嬉しくなって、進んで人のために頑張ってた。
いつの間にか、あの子はいい子だし勉強もできて完璧よねーって。完璧、完璧。どこがよ。完璧な人には周りが怖がるから、自分から打ち解けやすくしないと人が集まらない。抜けてるところを見せて、可愛らしく。愛嬌も大事よね。
そんな生活から抜け出したくて、できるのが当たり前の学校へ進学した。ここはここでなかなかキツイ。常に向上心な性格で救われているものの、73が50になるこの世界。元生徒会長がクラスに2人いることもあるし、楽器を弾ける子なんていくらでもいる。
誰もが1回はアイデンティティが揺らぐはずだ。ここでは絶対に完璧になれない。でも、だからいい。皆がありのままの私を見てくれる。変に大人にならず振る舞える。昔好きだった物にまた興味を持ったりして、こんなに自分が子供らしかったんだと気づくことがある。これからは自分のペースで大人になるんだ。
#6『放課後』
今日はバイトの日。ドアを開ければカランと鈴が鳴り、中は暖色のライトが所々についていて仄明るい。マスターに挨拶し、ボサノバのレコードを聞きながらエプロンを付ける。今日のお客様は常連客の5人。
「お嬢ちゃん、ホットレモネードと適当になんか作ってくれー」
「私はコーヒーとパウンドケーキをお願い」
「はーい」
ケーキの上にはホイップクリームを。器具を温めコーヒー粉に染み込ませるようにお湯を注ぎ、蒸らし、ドリップする。だいぶうまく淹れられるようになったと思う。予め砂糖と蜂蜜で漬けておいたスライスレモンをカップに入れレモン汁とお湯を注げばホットレモンの完成だ。
おじ様とおば様が私の作る様子を楽しそうに見られていて、なんだか口角が上がる。
薄切りのトーストにクリームチーズと無花果をしき、胡椒を振りかけ蜂蜜を垂らせば、本日のオリジナルメニューです。どう、美味しいでしょ?
高校生の放課後といえば、部活に励んだり、寄り道して買い食いしたり、ゲーセンに行ったり。でも、私はこのジャズ喫茶が好きだ。一曲を共有しながら各自が自由にのんびりと過ごす、まさに至福の時間。
「お嬢ちゃん、一曲歌っておくれよ」
洗ったコップを拭きながら心の内でニヤリ。店内の奥に目をやればトランペットもドラムも、私を待っている。ピアニストの手招きでステージに上りマイクの前に立つ。こんな放課後、素敵でしょ?
♪The Song Is You