#5『カーテン』
クラスマッチで球技とは別に美化採点があるこの高校。円陣をして大掃除する高校生が他にどこにいるだろう。
掃除機を持ってくる子もいれば、シャワーキャップをつけて髪が落ちないようにする子も。白衣を着た美化委員が1㎡ずつ床をチェックして点数化するもんだから、やっぱりこの高校変だわ。
私のクラスはまだバスケと卓球が勝ち進んでいるから皆応援に行っているけど、採点時間まで後1時間半。観たいけれど誰かがやらなくっちゃ。残った机と椅子を廊下に運び出す。
学校特有の薄緑のカーテンも外せば、あれ、教室こんなに広かったっけ、と思わされる。2階から見るグラウンドには、昨夜降った雨でできた大きな水たまりが空を映し、金木犀の香りが鼻をくすぐる。
どうやら布1枚で景色が違うこともあるみたい。
#4『涙の理由』
7時間目の授業が終わって16:00過ぎ。皆、部活やら帰宅やらで教室から出ていく。そんな流れに逆らって長身が1人、私の机の前にやってくる。
「うい、これで合ってる?」
「ん、サンキュ。やったー♪」
部活のマネと付き合いたいなんて言うアイツの恋愛相談に乗って約1ヶ月半。うまく行ったら私に新作コスメを献上するという約束を守る結果となった。ただ自信がなかったから応援してほしかっただけなんだろうけどね。
あーあ、うまく行きすぎちゃったな。何てことしちゃったんだろ。私もアイツも、バカ。馬鹿馬鹿。
「……は!?おま、何泣いてんだよ」
うるさい。黙ってろ。こちとら失恋を痛感してんだぞ、オラ。
「いや、本トに良かったなーって。ククッ、お前に彼女って。いい子で良かったねー、本ト。アハハッ」
こうやって笑って誤魔化せばアンタにはわかるまい。……でも。
「いい?あの子が泣いたらちゃんとハンカチ貸してあげなさいよ。っていうかゼッタイ泣かせんな。それに他の女の子に内緒でプレゼントもあげちゃダメ。わかった?」
「いや、でもこれ俺悪くな、」
「わかった?」
「肝に銘じます」
「よろしい。じゃあ、もう私行くわ。お幸せにー」
ありがとな、なんて言葉にも振り返らず片手を挙げて済ます。……クソ、こんなコスメで可愛くなってどうすんのよ。使い切るまで嫌になるし。スタバの新作にすれば良かった。
「いやー、やっぱいい女だねー。アイツの前で泣いちゃうところもかわいーよ」
ギターケースを背負ってフラフラと横から声を掛けてくる。いつから見てたわけ。
「私が可愛いなんてとっくに知ってるけど、簡単にそう言ってくるヤツは嫌いよ」
「そう言わないでよー。ボクは君にしか言ってないでしょー」
この男毎日懲りないな、と思いながら昇降口まで階段を降りる。さっさと帰ろう。
「……何?」
靴箱を開ける私の手に重ねて扉を閉ざすソイツ。触れた手に熱を帯び、背中に体温を感じて、心拍数が一気に上がる。
背後から耳元に、文化祭のステージで聞いた声で囁かれる。
「ねえ、俺にしなよ」
さて、どうしたものか。
#3『ココロオドル』
私服登校の学校なので、いつもはうーんと何を着て行くか悩んでいるけれど、今日はお目当てのカーディガンにYシャツとスカートを取り出す。ループタイをつけたらオシャレかも。
クラスのお姉さん達みたいにバッチリメイクはしないけれど、化粧下地を塗ってパウダーで眉を整えたら、まつ毛をカールさせて、リップを選ぶ。髪はいつものポニーテールに今日は毛先を巻いて。
「えーっ!制服珍しー!」
「今日一段とビジュいいじゃん!」
「何々、彼氏?」
ふふっ、ありがと、うーん、まぁそんなとこ?と返すけれど、口角が上がって戻らない。早く会いたいなー。予鈴が鳴ったので席につく。英単語のテストも数学の確認テストだって楽勝♪昨夜しっかり対策したもんねー。
最後の授業が終わったら速攻彼に連絡を入れる。OK、駅で待ち合わせね。今日は違う高校に通う彼と放課後デートなのです!まあ、まだ付き合ってないし、というか幼馴染みっていう今の関係でいい感じだからずっとこのままかもしれないけど。
HRが終わり、ローファーを鳴らして歩く。ついつい早歩きになっちゃう。でも君も楽しみにしてるの、知ってるよ?既読早いし、きっと私より先に着いてるんでしょ?
#2『束の間の休息』
ほんの2ヶ月前の話だ。
夏休み。朝イチの部活。皆より早く来てホールを開ける。暗く広いその空間に客電をつける。ついでに空調も。照明器具の確認をしたら、観客席で1人、脚本の手直しをする。演出も曲選びも私。本トよくやってるよ。50分の劇作るの初めてなんだけどな。
5分前に1人、時間ぴったりに1人、少し遅れてもう1人、後輩が来る。確かに少ないけれど、これで役者はそろった。唯一の同期で裏方で部長のあの子はそのうち来るだろう。本番まで2週間。3時間後にはダンス部が来る。時間はない。
柔軟、腹筋、発声。舞台に上がり、場面を選んで演じてみる。振り返って話し合ったらまた次。他のシーンも。ここ、もう1回。アクセント多すぎない?滑舌気をつけて。この時はどういう気持ちだと思う?
役者のおかげで書いていたときよりも明らかに人物像が鮮明になっていく。思い描いていたものと違うこともあるが、より良くなっている気がする。
ギラギラと照明に当たり続けて暑い。お腹から声を出して話し続けるし、流石に疲れた。
「ちょっと休憩しよー」
それぞれ、舞台に寝転んだり、客席の1番涼しいところに行ったり、お茶を飲んだり……
私は舞台袖から外へ出て風に当たる。大きく深呼吸。せっかくの休憩時間だけれど、何度も考えてしまう。
この子はどんな子なんだろうなー。何が好き?譲れないものは?癖は?姿勢は?
どの役も演者に寄せて書いたし、この役は私の一部だけれど、不思議ちゃんのこの子は元気がないとどうもうまくいかない。
練習期間はたったの1ヶ月。周りの高校みたいにコメディではないし、劇らしさもあまりないかもしれない。映像演劇みたいな自然な演技に脚本。
でも、舞台上でそれができるってすごいことだから。だって、私、超高校級の役者よ?ものすごいプレッシャーは抱えているけれど、舞台は私のホーム。セリフなんて覚えたつもりはないけれど勝手に出てくる。ただその役を生きればいい。楽しめばいい。
自販機でピッと600mL、70円の麦茶を買う。グビッと飲んで喉を潤せばリフレッシュ。さあ、後半戦といこうじゃないか。
「最初から通そー!照明お願いしまーす!」
#1『力を込めて』
風でカーテンが揺れ、教室に差し込む西日は彼の髪を明るく照らす。教室には手を伸ばせば届く距離で佇む私達。グラウンドで野球部がボールを打つ音が聞こえる。
――今、ここで渡そう。スカートの裾を握りながらなんとか言葉を発する。
目を見開いた彼は、困ったように笑い片手で私の手紙を押し返した。いいの、全然大丈夫。こちらこそごめんね。そんなこと1ミリも思ってもいないけど。
教室から出る彼の背中を見送った後、しゃがみこんで思いっきり泣いてやった。彼への思いを綴ったそれも、頬を伝う涙で濡れて名前が滲んでいく。くしゃり、手紙を潰して受け入れようとする。
アイスが食べたいな。ちょっと遠くのコンビニへ行こう。自転車に乗って風を切り、坂道を下る。
こんな思い出もあったっていいじゃない。そんな風に思えた17の夏果でした。