自分にとって美味しいものは、身体に馴染みやすい。自身の体温に溶けていく、ちょうどいい温かさと柔らかさが好ましい。舌の上に置いて、口内や上顎、歯にも溶けて馴染んで、それこそ自分の身体の一部となるような相性の良い食べ物は美味である。
そんな美味なるものの食感を表現するなら、ほどける糸だ。固体または液体だったものを口内に含んで噛み締めた時に、私の身体になる糸が現れる。
しゅるりと歯の隙間から漏れ、舌の上に転がり、上顎をくすぐらせて、頬の裏側を撫でていき、喉の奥へと伸びていく。胃の中に落ちれば、いくつものの糸は花開くように広がっていく。およそ半年もかけて、糸を伸ばしていき、私の内臓を包んで馴染んで溶けて消えていく。
注がれた酒の流れを紐の如きと詠んだ俳人がいたが、読んで字の如く、美味しいものは案外、糸や紐に近いのかもしれない。
(250618 糸)
首を斬りたい衝動に駆られたキャラクターをどれだけ描こうとも、首斬りの経験が無い筆先では最後の皮膚一枚まで創作欲求は届かないのに、とにかく血と涙と鼻水を垂らして、皮と肉と骨を壊せば痛く見えるよねとぐちゃぐちゃに書き殴って、結局はただの肉塊と化するも、あなたは可愛い可愛いと呪文のように唱えて、首無し人形をこちらに見せびらかす。言霊無き者に物語は無い。
(250617 届かないのに)
自転車に乗りながら、私はふと横を向いた。小さな公園の長椅子に、木陰の下で黒い半袖を着た人の背中が見えた。真っ黒な服とよく日焼けした肌を見入った瞬間、彼の背中から黒猫の残像が現れた。面影ともいうべきか。
ともかく、私の毛先が天からの霊性を察知し、髪の毛を通して脳髄にも染み渡っていく。脳味噌のような紐状の記憶の奥から、ひょっこりと黒猫が顔を出した。久しぶりと言わんばかりの懐かしい笑みを浮かべている。香ばしい香辛料と白煙の燻る水煙草の匂いがした。
中井久夫の著書に、日本人はアジア文明の終着点であり、彼らの祖先は、どうもアジアの更に奥にあるアフリカからやってきたという。
大陸全土を照らす灼熱の太陽に焦がされた黒猫も、きっと私の遠い遠いあまりにも遠すぎる祖先のひとりなのだろう。
私は、しなやかな猫の尻尾の後を追って、薄暗い記憶の奥へ奥へと潜っていった。地下に降りているかと思えば、洞窟のように奥へ進んでいるようだ。洞窟と思い浮んで、咄嗟に記憶の壁に触れてみる。
指先に乾いた砂と湿った土が、同時にくっついてきた。土壁と化したそこには、複数の溝やら傷やらが刻み込まれている。石のように固まっていたその傷は、触れていくと私の体温で溶けたのか、だんだんと柔らかくなっていく。気がつけば、丸みが帯びて触り心地が良い。まるで猫の毛のようにふんわりとして柔らかだ。
猫の目のように暗闇の中を見通せる瞳を持った私にもその画が見える。人間と猫が戯れている壁画が、洞窟の中に刻まれていた。皆、仕事や家事、読書しながら猫の口を耳に当てている。
動物の物語を気軽に聞いていた時代に、ようやく追いつけたと私が安堵していたら、一匹だけ背を向けていた壁画の黒猫が振り向いた。遅いぞと言わんばかりに、牙を見せて笑っている。
(250616 記憶の地図)
ようやく100年の歴史を経ったばかりの器だ。底は深くとも歴史は浅い。マグカップ一杯分の歴史を好き勝手に淹れられる。
珈琲紅茶玉露は勿論、温かい牛乳でも良いし、冷たい水でも良い。ウイスキー香るココアでも良いのだ。喉の渇きを潤すなら、何だって良い。別に体内に入れられる液体以外、マグカップに詰め込んでも構わない。
卵を溶けば、茶碗蒸しだ、プリンだ、オムライスだ、そのまま温かな卵液を飲み干しても美味だろう。
はたまた食欲を取り払って、別の欲求を注いでみたまえ。マグカップに土を埋めて花を植えれば良いし、尿を注いでトイレの代わりにでもすれば良い。吐瀉物を掬い出すのにも役立つだろう。蟻の巣をそこに閉じ込めても良いし、ハムスターを底に落として眺めても良いだろう。
この取っ手付きの器は、まだ歴史が浅いから何物にもなれる。人間のあらゆる欲求を満たしてくれる底の深さは、生物の血肉さえも淹れられる。
(250615 マグカップ)
もしもの為に対処できる道具を用意したが、もしひとつだけ選ぶなら、君はこの中から何を取るのかと尋ねられても、君はそもそも、そんなもしものことが起きても、対処できる勇気と知恵を分けておくれよとせがむので、最初からそんなものは用意できないと言えない君の親の皮を被った子どもたちは、そんなものぐらい自分で用意しろと、せっかく揃えた道具を全部ゴミ箱に投げ捨てたので、君はなんで私もすぐに捨てなかったんだと、なけなしの勇気と知恵を振り絞って、子どもたちをゴミ屑にした。
(250614 もしも君が)