はた織

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5/29/2025, 1:03:38 PM

 飛ぶ鳥跡を濁さずの心構えで、飲食店を利用した後は、できる限り皿もテーブルも椅子も綺麗にしていく。どうしても、口の周りだけ汚して気が付かずに立席してしまうが、生まれつきの癖だ。致し方ない。
 前田エマの『動物になる日』に収録された『うどん』を読んで以来、上記の心構えをするようになった。果たして、小説に描かれた登場人物のように、店員の気持ちを爽やかにさせる潔い去り際が出来ているだろうか。
 臆病になって、思わず他者の顔を窺ってしまうが、コップ一杯の水までも飲み干したのなら、もう十分だ。
 そもそも、渡り鳥のように偶然入店してきた見知らぬ人間に、座る場所を譲った上、コップに水を注いで、料理をもてなしてくれるのだ。
 金銭だけのやりとりに意識を向けてばかりでは、見えてこない繋がりにもっと触れたまえ。コップの水までも胃の中に入れて、ごちそうさまと言えば、私も相手も心まで満たされるだろうよ。
 そう自分に言い聞かせて、お前はどこへ行っても、どんな料理を食べても、どの人物と出会っても、自分のままでいられるから、もっと遠くへ飛んでいけと夢を見る。それこそ、前田エマのように日本と韓国を行き来できる渡り鳥のような生活を過ごしてみたい。
 私なら、日本と台湾を行き来する鳥になりたいものだ。日本へ帰る私に「一路順風」と文字通り、手を振って風を送ってくれるそんな光景が日常になって欲しい。
                  (250529 渡り鳥)

5/28/2025, 1:06:47 PM

 北方の海に泳ぐ黄金の髪の人魚と
 南方の海に飛ぶ銀色の翼の鴎の血やたましいが、
 さらさらと私の中に流れていたら良いのに、
 子どもの自傷と自慰と自殺未遂を
 見なかったことにした軟弱な父親と
 子どもの自律と自制と自信を
 奪って支配する魔女のような母親の血が、
 この肉の中にドロドロとまとわりついている。
 しかも、頭の乏しい死に損ないと
 頭だけ賢い引きこもりの豚児らの
 遺伝子までも受け継いでいる。
 あらゆる毛穴からブヒブヒと醜く鳴いているぞ。
 どうせ私も欠陥品だ。
 父親が正常な胤があるかどうか確認したくて、
 母親を利用して検便よろしく私を作ったのだ。
 だが、私はとんだ鬼子だった。
 金稼ぎが下手くそな癖に金のかかる我が儘ぶり。
 ひとりになりたいと言いながら、
 家からも離れず、親の脛をかじるお姫さまだ。
 なんと酷い欠陥品だ、
 私も豚児と呼ばれるにふさわしい。
 こんなにも醜く粘りつく血が流れているなら、
 私なんか生まれてこなければ良かったと、思った。
 思ったが、ふと首を傾げた。
 こんなにもどろりと汚い血を持ちながら、
 何故親どもは、私のように、
 自分さえ生まれて来なければ良かった、と
 立ち止まって考えなかったのか。
 彼らがそう思い止まっていたら、
 醜い豚児はこの世に存在しなかっただろう。
 鬼子に生まれ堕ちた私も生まれることはなかった。
 何故と問うても、結局すべて塵芥に帰するのだ。
 馬鹿だろうが、
 屑だろうが、
 大人になれなかった子どもだろうが、
 どうせ骨になって、堕ちて割れて崩れて、
 さらさらと消えていく。
 白い浮雲のように、千切れ千切れに、
 雲の影を映す海の中に溶けていくだけだ。
                 (250528 さらさら)

5/27/2025, 12:26:35 PM

 これで最後ね、と
 尽きない欲望に言えるのは、
 自身が死んだ時ぐらいだろう。
 結局、己の欲望と無理心中しなければならない。
 そんな死に方は嫌だと欲が騒ぐ。
 お前は生まれるべきではなかったと黙らせた。
                (250527 これで最後)

5/26/2025, 1:04:57 PM

 私は人の名前を覚えられない。姿形で認識するので、似たような部位を認めてしまうと、つい名前を間違えてしまう。
 植物だったら、形さえよく覚えれば間違わない、と言いたいが、未だにアヤメ、ショウブ、カキツバタの違いが分からない。青いウメとアンズの実も、二つ並べられたら迷う自信がある。
 しかし、生命体の名に興味のない私でも、シャガは嫌でも頭に残る。白い蝶と斑点模様の蛾の羽を組み合わせた花びらは、異様に見えて、美醜を携えた姿に畏敬の念さえ覚えてしまう。
 あれは住宅の花壇に植えるような気軽さと普遍さを持っていない。シャガの姿が神々しく輝くのは、やはり林や森のような鬱蒼とした木々の中だ。人里と森の境界にある林縁こそ、シャガが咲く場所としてふさわしい。人と自然のあわいに立って、木陰の下で六弁の花びらを親しくも不気味に咲かせるのだ。
 初めてシャガの花を認識した時は、変わった形の植物としか思わなかった。だが旅先で、見知らぬ林の中でシャガを見つけると安心できた。何より、塵芥の線引きさえも無い自然の中で、人間の知識を活かせる存在と出会えた喜びは心地良い。
 ここにもシャガがある、と私は微かな声で言った。青白い花々は、花びらを動かずに風に当たっている。
 どこで咲こうが、わたしはわたしなのだから当たり前だろう、と真顔で言っているようだった。
            (250526 君の名前を呼んだ日)

5/25/2025, 12:35:00 PM

 燃えきれない塵の腐敗臭、
 配達に追われる自動車の排煙、
 年中無休排出するパソコンの二酸化炭素と
 愚痴やクソしか言わない人間の二酸化炭素も、
 すべて空気と化して、天まで昇っていき、
 やがては灰色の雲となって雨を降らす。
 どんな空気で作られた雨雲だろうが、
 雨音は1/fゆらぎを奏でて人々を癒す。
 雨粒は鋼鉄までも溶かす液体を降らす。
 地獄のような地上に暮らす生き物を
 やさしき音であまねく生かして殺す。
               (250525 やさしい雨音)

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