はた織

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 私は人の名前を覚えられない。姿形で認識するので、似たような部位を認めてしまうと、つい名前を間違えてしまう。
 植物だったら、形さえよく覚えれば間違わない、と言いたいが、未だにアヤメ、ショウブ、カキツバタの違いが分からない。青いウメとアンズの実も、二つ並べられたら迷う自信がある。
 しかし、生命体の名に興味のない私でも、シャガは嫌でも頭に残る。白い蝶と斑点模様の蛾の羽を組み合わせた花びらは、異様に見えて、美醜を携えた姿に畏敬の念さえ覚えてしまう。
 あれは住宅の花壇に植えるような気軽さと普遍さを持っていない。シャガの姿が神々しく輝くのは、やはり林や森のような鬱蒼とした木々の中だ。人里と森の境界にある林縁こそ、シャガが咲く場所としてふさわしい。人と自然のあわいに立って、木陰の下で六弁の花びらを親しくも不気味に咲かせるのだ。
 初めてシャガの花を認識した時は、変わった形の植物としか思わなかった。だが旅先で、見知らぬ林の中でシャガを見つけると安心できた。何より、塵芥の線引きさえも無い自然の中で、人間の知識を活かせる存在と出会えた喜びは心地良い。
 ここにもシャガがある、と私は微かな声で言った。青白い花々は、花びらを動かずに風に当たっている。
 どこで咲こうが、わたしはわたしなのだから当たり前だろう、と真顔で言っているようだった。
            (250526 君の名前を呼んだ日)

5/26/2025, 1:04:57 PM