本当は、彼や彼女と性別を分けること自体、
まだ見知らぬ世界だった。
自然界には、性別なんてほぼ無いに等しい。
わたしはわたし、あなたはあなた。
同じ土から生まれたけれども、
それぞれの美しさを持っている。
互いに敬意を払って命を分け与えた。
ありがとうもごめんなさいも言わなくていい。
ただ同じ土の上で生きている、
それだけの付き合いだ。
多様性に満ちた生命が本当の世界だ。
しかし、人間が無能にも科学を片手に、
性別も個体も敬意も命も切断してしまった。
科学の電気で本当の自分の性さえも焼き殺した。
無様な燃えかすで出来た空虚な世界はもう目の前だ。
死に損ないの焼骨がジタバタと暴れている。
独りになりたくないと幼稚に泣き叫んで、
わたしを呑み込もうとする。
わたしはわたし、あなたはあなた。
それだけでもう満足ではないのか、と
わたしは股の血から溢れた火を哀れな灰に点けた。
あらゆる生命の息吹を糧に燃える炎に包まれろ。
(250517 まだ知らない世界)
本当に美しい仕事をしたいのなら、
今の仕事を辞めなさい。
親から離れなさい。
家から出て行きなさい。
住み慣れた土地から遠ざかりなさい。
空想から目を覚ましなさい。
自信が無い自分を抱きしめなさい。
どこへ行っても同じだと悲観しないで歩きなさい。
とにかく歩きなさい。
自分の為すべき仕事を果たしなさい。
読書が生み出す美を伝える為に顔を上げなさい。
そう私を奮い立たせる言葉に応えるには、
あと何回手放す勇気を持たねばならないのか。
死んでも終わらないかもしれない。
(250516 手放す勇気)
そうして照らされた自分の影が、白い光の中で孤立した。周囲の生温い暗闇は、今も私をしつこく包み込んでいる。後ろから抱擁するのは、生温かい闇か、凍てつく光か。
「お前は孤独なのだ、全くの孤独だ!」
頭上から1890年代の青白い月が、声高に笑いかけた。
(250515 光輝け、暗闇で)
生命溢れる酸素を吸っても、
愚痴しか言わず、
痰しか吐かず、
騒音しか立てられず
クソしか出せないのだったら、
私が空気になって、
無駄な呼吸を繰り返す人間の
息の根を止めてやる。
(250514 酸素)
一族の終わりに弾く泡になろうとしているのか。
または一族を根絶やしにする化け物になろうか。
記憶の海底に潜む私のシロワニが彷徨っている。
暴れる二頭の子どもを子宮に抱えて迷っている。
産道から抜け出せるのは一頭だけだどうしよう。
兄弟姉妹だろうが双子だろうが食べてしまおう。
噛んで千切って咀嚼して嚥下すれば抜け出せる。
憎き母の顔を拝みに出せ出せ出せ生まれてやる。
子どもに育てられた子どもの記憶を滅ぼそうか。
それともその記憶を泡沫の調べにして叫ぼうか。
革命を起こそうと私のシロワニが水面に近づく。
牙がぎらつく、怒りがうごめく、心が揺らめく。
お前は未だに迷うのかと私のシロワニが問うた。
私はまだ深海の底を見ていないと沈んでいった。
冷ややかなる波間に白い鴎の羽ばたく姿が映る。
(250513 記憶の海)