一族の終わりに弾く泡になろうとしているのか。
または一族を根絶やしにする化け物になろうか。
記憶の海底に潜む私のシロワニが彷徨っている。
暴れる二頭の子どもを子宮に抱えて迷っている。
産道から抜け出せるのは一頭だけだどうしよう。
兄弟姉妹だろうが双子だろうが食べてしまおう。
噛んで千切って咀嚼して嚥下すれば抜け出せる。
憎き母の顔を拝みに出せ出せ出せ生まれてやる。
子どもに育てられた子どもの記憶を滅ぼそうか。
それともその記憶を泡沫の調べにして叫ぼうか。
革命を起こそうと私のシロワニが水面に近づく。
牙がぎらつく、怒りがうごめく、心が揺らめく。
お前は未だに迷うのかと私のシロワニが問うた。
私はまだ深海の底を見ていないと沈んでいった。
冷ややかなる波間に白い鴎の羽ばたく姿が映る。
(250513 記憶の海)
ただ君だけが見てほしい。
ぶつ切りにされた私の肉を。
鍋の中で炒められた私の肉を。
他の食材に煮込まれた私の肉を。
塩胡椒香辛料をふられた私の肉を。
どろどろのスープに崩れた私の肉を。
洪水のように白い皿に溢れた私の肉を。
そして飢えた私に貪り食われる私の肉を。
これが孤独を舐め尽くす唯一の方法である。
(250512 ただ君だけ)
『即興詩人』のように、舟の中で寝転んでみたいものだ。確か、海に通ずる洞窟の中で舟を浮かべていたはず。
天井から滴り落ちる水滴を星々に見立てて、横になりながら眺めていたい。そうして、洞窟の奥へ奥へと向かって行き、入り口の光が徐々にか細くなっていくのを見届けていく。
洞窟の中で舟に流されながら奥へ行く感覚は、どことなく胎内巡りを彷彿とさせる。ちょうど頭を先にして寝転がっているから、このまま産道へと導かれていくだろう。
だが私は天邪鬼だ。もう人間の赤子なんかになりたくない。アヌンチャタごっこはおしまいだ。舟をひっくり返す。私は逆さまになった舟の中に閉じこもった。
塩辛い湿気がこもる暗闇の中、揺れる波間から雫が飛び散っていく。ちゃぷちゃぷと水音が舟の中に響いていった。私の耳の中に、海水が入り込んでいく。海の静寂しか聞こえない。
舟の板の隙間から白い輝きがちらつく。壁を隔てて見る景色は、濾過されたように綺麗だ。そう思った時には、私は水面の下に沈んでいた。もう何も見えない、何も聞こえない。
逆さまの舟は、真っ暗な洞窟の奥へ奥へと流れていった。
(250510 未来への船)
小さい頃に、森へ出かけた覚えがある。家族みんなで車に乗って外出したのだろう。だが、何故森に向かったのか覚えていない。そもそも、本当に森に行ったのか分かっていない。
夢現か、木漏れ日さえもない暗鬱な森林の下、私がはっきりと覚えているのは、道路のそばにあった猫の死骸だ。毛皮は破れ、赤黒く変色した内臓から白い骨がのぞいている。車に轢かれたのだろうが、傷跡がどうも何かの歯形に見えた。
「ライオンに食べられたかもしれない」
幼かった私は本気でそう信じた。私の中で、森に潜む恐ろしい生き物はライオンしかいなかったのだ。
近くにいた母親に言ったかもしれないが、向こうの返事を覚えていない。父親もいたと思うが、本当にいたのか疑わしい。二人の姿形が霧かがって見えないし、声も聞こえない。だから余計に、私のむなしい声が静かな森の中で響いて、脳裏に焼きついてしまった。
結局、猫を弔わなかった。広大な森林の影に覆われた猫の死骸は、やがて蛆虫に食われて黒々と溶けていき、地面と同化して消えていったのだろう。
寂しいとは思わない。むしろ、人知れず自然に見届けられて散っていく様は実に美しい。私も森の奥にある道路の端で倒れたら、あの猫と同じく死んでいくのだろう。消えていった小さなたましいに、わずかな希望を見出した。
遺灰を海に流すのもいいが、森に撒くのもいい。生きるも死ぬも勝手次第と言わんばかりに、黙する黒い木々に見下ろされて包み込まれてみたい。
(250509 静かなる森へ)
あなたの夢をかいてくださいと先生に言われたので、
クーピーでまっ黒にぬった紙を出しました。
これは夢ではありません、と先生におこられました。
まっ黒な夢は、よくねむれている良いことなんだよ
おじいちゃんにそう教えてもらったのに、
先生にバツをつけられました。
(250509 夢を描け)