口をついて出た言葉。
それはどろりと解けて消えていった。
足枷になりたくなかった。
誰よりも君の幸せを願ってた。
なのに。
光があれば影もある。
眩しいスポットライトに照らされる世界があればその逆もまた然り。
でも存外俺はこの場所を気に入っている。
舞台袖唯一の扉。
所謂「扉付き」と呼ばれる俺は、役者に扉を開く合図を送るのが仕事だ。
ここは役者が何処よりも光る場所。
舞台に上がる寸前の高揚感、緊張感、それ故の恐怖感の興奮。
この光の入らぬ場所に何を置いていくかでその役者の全てが決まると言っても過言では無い。
さて、次は…あぁそうだ、彼女は今日が初舞台だっけ。
ちらと目を横にやると、まだあどけない少女が扉のハンドル前に立っている。心做しかその手は微かに震えていた。
鬼が出るか蛇が出るか。
そう思いながら彼女に合図を送る。
彼女は恐る恐るハンドルを握り、一度強く目を閉じた。
ぱっと彼女が目を開き、ハンドルを押す。
重い音を立てる扉から射し込んでくる光が彼女を貫く。
黒い瞳に光が乱反射して、彼女はまるで火花が散った様な顔をする。
暗い中照らされた瞳は挑戦的に弧を描いた。
再び重い音を立てながら閉じる扉を見て、ふとつられ笑みを浮かべる。
あぁ、蛇は蛇でも。
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2024.7.31°
「黒曜石」
嵐が来ようとも、私には関係無い。
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何度も何度も繰り返し、日の届かない暗い箱で私は歌い舞う。
「あぁ、ロミオ、貴方はどうしてロミオなの?」
カーテンコールが終われば、金の雨が降る。
私の声を求め、人々が集まる。
華やかで、美しく、暗闇に囲まれた日常。
しかし、世界は絢爛豪華なハッピーエンドを許さない。
モンタギューによってすり替えられた毒薬によって私は声を失った。
声を失ったジュリエットなど、腐った林檎程の価値も無い。
私はステージを追い出された。
1人、嵐の中に立ち尽くす。
遠くから微かに聞こえる歌に合わせて腕を持ち上げる。
きっと今は私ではないジュリエットがロミオに向かって愛を囁いているのだろう。
モンタギューの高笑いが聞こえる気がした。
でも、お生憎様。
私はジュリエット。
愛するロミオの為なら命すらも差し出した女。
私にステージなんて要らないのよ。
結い上げていた髪を解き、中空に向かいカーテシーをする。
そして私は雨の手を取る。
風と呼吸を合わせてステップを踏む。
掠れた声で歌うのだ。
街灯にかかる水滴が花火の様に弾ける。
嵐が来ようとも、彼すらも私の味方。
さぁ、待っていてロミオ。
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2024.7.29°
「嵐とワルツを」
神様が舞い降りてきて、こう言った。
「君はこれを何だと思う?」
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相変わらずの曇天にため息をつく。
あの時アイツが置いていったペンは相変わらず自分の手元にある。
なーんの変哲もない、ただのペン。
最近インクの出が悪くなってきたから捨てようかとまで思い始めている。
ペンはペンだろ。
そう思いながら筆を走らせる。
一週間も仕事を休めば溜まるものも溜まってしまう。これもあれも全部アイツのせいだ。
眠気を誤魔化すように眉間を抑える。
その時、扉の音がした。
「ただいま戻りました。」
「あーい。」
書類の山を退けると、部下が書類片手にこちらに向かってきていた。
「これ確認お願いします。」
「ん。」
「ではお疲れ様です。」
渡された書類に目を通す。これぐらいPDFで寄越せよ。
書類を山に載せようと顔を上げると部下の去る姿が見えた。
ふと違和感を感じ、立ち上がって部下に近寄る。
「え、何です?」
こちらを向いた部下のシャツを捲り上げる。
こっちじゃねぇな。
ぎゃーぎゃー喚く部下は無視して背中側も捲り上げると、どす黒い痣が出てきた。
ビンゴだ。
「お前これどした。」
バレたくなかったのか、部下が苦い顔をする。
「殴られました。」
「は?」
「あちらさんちょっと今日機嫌悪かったっぽくて。あ、仕事は出来ます、します。あんま気にし…」
言葉を探す部下の両肩を掴む。
「よくやった!」
「え?」
痣を連写し、棚から訴状を取り出す。
「いや前からあそこのやり方気に食わなかったんだよなお前今から病院行って診断書取ってこい」
「っ…と…?」
「勝訴確定演出だ」
す、とアイツから貰ったペンをとる。
「ペンは剣よりも強し、ってな。」
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2024.7.28°
ペンは剣よりも強し(広義)