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11/2/2024, 11:17:45 AM


「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ……」
築三十年のアパートの一室。
ブツブツ言いながら何をやっているかというとストレッチ体操である。
最近、眠りに就く前の日課として毎日やっているのだ。
なぜガラにもないことをやっているのかというと、自立神経の乱れか、それとも酒の飲みすぎなのか(たぶん後者)分からないけど、ここ数ヶ月ほど眠りの浅い日が続いていた。そこでネットを使って解決法を模索したところ、ストレッチが安眠にいいという記事を見つけて実践しているのであった。
余談になるが安眠に効くというGABAとビタミンBのサプリも大量に摂取している。結果、お腹をちょっと壊した。
「イチ、ニ、サン……ぐっ、きつい……」
自分でも何をやっているかよく分からないヨガのようなタケノコのポーズをとりながら呟く。一人暮らしでよかった。こんな姿を誰かに見られたら確実にツッコミをくらう。

ストレッチが終わったら次はプランクだ。
プランク…聞き慣れない名詞だ。
これは、いわゆる仰向けの状態から上体を起こして腹筋を鍛える古いやり方とはベツの、近代的な筋肉トレーニングである。腕、腹、太腿の3点を同時に鍛えることができる、米軍でも採用されている科学的に正しい洗練された最先端の筋トレなのだ。
やり方は至って単純。うつ伏せの状態で肩の真下に肘を置き、つま先と両肘のみを地面につけ、頭から足までを一直線に伸ばした状態をキープする体幹トレーニングだ。これからやってみようという男性は、まずはスマホのタイマーで1分を設定して、状態をキープすることをおススメする。女性なら30秒だ。
ちなみに俺の設定しているタイマーは1分21秒だ。
『昨日の俺より少しだけ強く』をモットーとしているので、三日に一度、設定タイムを一秒延ばしていった結果そうなった。
「……ぬっ、ぐっ」
残り時間20秒ほどで悲痛の声が漏れる。
ただうつ伏せで体勢を維持するだけじゃん、余裕だろ? と思うかたがいたらやってみてほしい。思いのほかキツイし、汗も結構かく。
ピピピピピピ……
スマホのタイマーがトレーニングタイムの終了を報せる。
プランクを終えた俺は水をガブ飲みし、その後ベッドにダイブした。
「あー、疲れた、これでぐっすり眠れる」
ちなみに、寝る前の筋トレはアドレナリンが出て眠れなくなるので厳禁だ。水をガブ飲みするのも、夜中トイレに行きたくなるのでよろしくない。
いっぺんに全部やろうとするのではなく、計画的に……
具体的に記すと、
朝、起きてから3時間後に筋トレ、その後整理体操のストレッチ、サプリを飲み、シャワーを浴びて、太陽の日差しを浴びながら少量のカフェインを摂って散歩するのがベストだ。
ッて、そんなのできるか!起きたら顔洗って寝癖直して歯磨いて出勤するので一杯いっぱいだ!
そう考えると俺は寝つきが悪いだけで、いつもギリギリまでまどろんでるんだなと実感する。

10/30/2024, 10:54:49 AM


『懐かしく思うこと』

人間に帰巣本能はあるのだろうか。
学術的なことは分からないが、俺はあると思う。実際、この前も専門学生時代に住んでいたアパートにふらりと立ち寄ってしまった。
電車を3つ乗り継ぎ、片道1000円近くかけて昔の住処に帰る。
専門学生時代に住んでいたアパートは健在だった。外観を眺め、溜息を漏らす。
あの頃のまんまだ。アパートの前に設置されている自販機も、ゴミだらけのゴミステーションも、当時と同じだった。
ふと思う。
俺が住んでいた304号室には、今はどんな人が住んでいるのだろうか。
304号室に住んでいた頃、夜の10時にPSPというゲーム機でモンハンの通信を繋げると、見知らぬ隣室の部屋の人たちが無線通信で繋がり、一緒に皆で遊んだものである。
俺と一緒にモンスターと戦っていた顔も知らない戦友たちは、まだこのアパートに住んでいるのだろうか。元気なのだろうか。
みわっち、ニール、あけぴよ(一緒に遊んでいた人たちのモンハンのハンドルネーム)……元気でな。
心の中で呟き、そっとアパートを後にする。

アパートを後にした俺は、そこから200メートルほど先にある24時間営業のスーパーに向かった。
専門学生だった頃、そのスーパーには週5の勢いで通っていた。
なにしろこのスーパーは全ての品物の値段が安い。当時、買っていたものはコーヒーや菓子パンだったと思う。
あの頃は俺も若かった。コーヒーのカフェインでテンションをぶち上げて、菓子パンの糖分で血糖値をスパイクさせればどうにかなると思っていたのだから。アホ丸出しだ。今の俺なら栄養を考えて小松菜と袋入り麺を買う。
ただし今日は何も買わない。完全なる冷やかし目的の物見遊山である。
店に入り、レジの方向を見た俺は感動した。
(あ、あの人は……)
レジに立つ痩身で眼鏡をかけてて長身の坊主頭な男性。見間違うはずもない、あの頃のまんまだ。俺が専門学生時代にこのスーパーに通っていた頃も、ここで働いていた人だ。
(いまもここで働いているのか)
なんだか嬉しくなった俺は、何も買わない予定だったのに缶コーヒーを手に取ると、ウキウキ気分でレジに並んだ。
俺が、痩せた坊主頭の背の高い眼鏡の店員さん、と彼のことを意識していたように、彼も、いつも店に来る俺のことを、いつも黒い服きてる声の小さい変なヤツと思っていたはずである。
感動の再会ってやつだ。
俺は缶コーヒーを台の上にのせると、お金を払うでもなく、店員さんの顔を見て『うへへ、お久しぶりです』と意味深に微笑んでみせた。
「あっ……」
店員さんが俺を見て、何かに気がついたように声をだす。
(気づいてくれたか。そうです、俺です)
「お支払いはペイペイですか?」
「……ぬぁっ! あっ、は、はい、じゃあ、ペイペイで……」
ズッコケそうになるのをこらえ、スマホで支払いを済ます。結局、覚えてるのは俺だけだったようだ。店外に出て、購入したコーヒーを啜りながら思う。そんなもんだよな、と。

その後、たまに通っていた近くのスーパー銭湯に立ち寄り、サウナで整って休憩し、やることもないので今住んでいるアパートに帰った。
今のところ、ここを終の棲家と見定めて生活を送っている俺だが、いつかここから出ていき、違う場所で生活するのだろうか。
その時は、ここに帰ってきたくなるのだろうか。
先のことは分からない。ただ、一つだけ分かったのは、皆を覚えているのは俺だけで、皆は俺のことなど何一つ覚えてくれていないということだけだ。
だが俺はそれでも思い出を胸に強く生きていく! 誰の記憶に残らなくてもいいのだ! だけども、俺と関わった人が、たまーに、そういや変なテンションのやついたな、と思い出してくれればそれでいい。誰かの懐かしみの一端を担えればそれでじゅうぶんだ。

10/29/2024, 10:41:19 AM


スーパーファミコン、という古いゲーム機をご存知だろうか。聞いといてなんだけど、詳しい説明は省く。知らなきゃ調べてくれ。
とにかくそいつは、俺の家で未だに現役で稼働しているゲーム機である。
実家からかっぱらってきたどデカいブラウン管テレビをいまだに部屋においているのもスーファミのためだ。
べつにレトロゲーが好きというワケではない。なんなら俺だってPS5がほしい。買う金がないだけで……
まぁ、俺の懐事情はおいといて……

たまにリサイクルショップにふらりと立ち寄って、スーパーファミコンのRPGのソフトを買うことがある。
ドラクエだとかFFだとか、メジャーどころのやつだ。
プレイして懐かしさに浸るつもりはないし、動画サイトで流行りのRTAだとかに挑戦する目的の購入ではない。
中古のゲームソフトに残されし記録された他人の記憶……すなわち、このゲームを売る前まで持ち主だった人のセーブデータを覗き見るのが俺は好きなのだ。
「おいおいおい、こんなレベルでここまでよく来たな。そりゃ『カルコブリーナ』で詰むよな。しゃあねえ、俺が倒してやるか……!」
志半ばで力尽きた他人の物語を引き継ぎ『光の戦士』となって戦う俺。
また、ある時は……
「……ったく、なんでここまで来てアムロのレベルが15なんだよ。マジンガー好きなんだろうけどマジンガーZじゃだめだ、アムロとニューガンダムのレベルを上げて矢面に立たせるんだよ……!」
他人のセーブデータにツッコミをいれつつ、ゲームボーイアドバンスのソフトをプレイする。

そんな生活を続ける中、リサイクルショップで伝説のソフトと出会った。
そのゲームの名は『ロックマンエグゼ』 名作である。
中古で800円のそのソフトのパッケージには『ゆうと』と平仮名で元の持ち主であったはずの者の名が油性ペンで、でかでかと書き込まれていた。
『他人のセーブデータを覗き見る』のを趣味としている俺からすると、これほど購買意欲をそそられる品物はない。
(ゆうと、お前の冒険を俺に見せてくれ……!!)
ワクワクしながら購入し、家にかえって起動する。そこで、俺は絶句した。
「なっ……」
カーソルを動かすことができない。『はじめから』しか選べない。『つづきから』が存在しなかったのだ。
「ゆうと、どういうことだ……」
俺は頭を抱えた。
買って一度もプレイせずに売り払ったのか? あるいはセーブデータが経年劣化で消えてしまったのか?
「ゆうと、なぜなんだ……」
答えは分からない。俺とゆうとの物語はそこで終わりを迎えた。

10/29/2024, 9:17:18 AM

バイト終わり。
「す~し寿司寿司す~し~♪お寿司を食べると~♪」
妙な鼻歌を歌いながらお寿司が入ったビニール袋を片手に帰路につく俺。ご機嫌である。給料が入ったので某寿司店のネット予約のお持ち帰りでお寿司を購入したのだ。
さらに帰り道にスーパーに寄ってお酒も購入してしまう。
「フハハ、今の俺は無敵だ!」
右手にお寿司の入った袋、左手に缶チューハイの入った袋を持ち、背中にはリュックを背負って一人でほざく。
とりあえず、今月も生き延びた自分へのご褒美としての行動の第一段階はクリア。後は家に帰るだけだ。

アパートの自室に戻った俺は背負っていたリュックをそのへんに放り投げると、流れるような動きでパソコンの電源を入れた。
給料が入って懐が暖かく、寿司と酒がある。やることは決まっていた。宴の始まりだ。
「さて、フィアー・ザ・ウォーキングデッド、シーズン5の続きを見るとしますか!!」
手早く寿司と酒を机の上に並べると、パソコンを操作してサブスクの動画配信サイトを開いて動画を再生する。
そしてブルートゥースイヤホンを耳に装着し、海外ドラマのイントロを聞きつつ、部屋のカーテンを閉め切り、
「甘だれ~♪んんん~♪」
やはり鼻歌を歌いながら冷蔵庫の中からお取り寄せした高級な甘ダレを取り出す。俺は寿司のエビに甘ダレをかける派なのだ。
ちなみに余談ではあるが甘ダレは卵かけご飯にかけても絶品である。
俺が日本かぶれの外国人なら甘ダレの文字を肩辺りにタトゥーで入れたいぐらいだ。

「……はあ」
溜息しか出ない。いつもの疲弊や将来への絶望から出るものではなく、幸せすぎて……
好きなモノを食べて好きなドラマを見ている。俺にとってこれ以上の喜びはない。
「活〆真鯛……180円……フフ……いただきます……!」
むろん、食べる前に食べ物への感謝も欠かさない。
パソコンモニターのブルーライトだけが妖しく輝く『暗がりの中』で、俺の宴は続く。

10/27/2024, 10:48:31 AM


本日のテーマ『紅茶の香り』

さて困った。
なにせ俺は紅茶を飲んだことがない。
いや、あるにはあるが、それは高校生の時に飲んでいた『紅茶花伝』だとか『リプトンのレモンティー』だとか、そういった市販のモノであるわけで、本格的な紅茶を口にした経験があるわけではないのだ。なので、紅茶の香りだなんて言われてもいまいちピンとこない。
紅茶風味の飲み物を頻繁に口にしていた高校生の時ですらそんな感じなので、酒とルイボスティーくらいしか飲まなくなって久しい昨今『紅茶の香り』、さあ語れ!と言われても意味不明に近い。
想像で書けばいいのだろうか。「うーん、この鼻にぬけるスモーキーな香りが……」って、それじゃあ、今飲んでる洋酒とつまみのチーズの感想だ。

やはり、ここは思い出に頼るべきであろう。
ということで思い出してみる。
『紅茶の香り』で思い出すのは平山さん。高校生の時に俺が好きだったクラスメイトの女子だ。
べつに平山さんが紅茶臭かったわけではない。平山さんは、たまに俺にジュースをくれた。そのジュースが前述した『紅茶花伝』や『リプトンのレモンティー』だったのだ。だから俺は、いわゆる『ハムの人』的な感覚で、紅茶といえば平山さんを連想する。
「梶くん、お疲れ。あげる、奢りだよ奢り」
昼休み、陰キャが立ち寄らない体育館前の自販機エリアから戻ってきた平山さんが『紅茶花伝』を差し入れてくれる。
陽キャの平山さんが俺のような陰キャに話しかけ、ジュースまでくれるのは、惚れられているとか俺が何らかの脅迫をしているとか、そういうわけじゃない。
いつだったかここにも記したが、俺と平山さんは同じバイト先で働く同士で、スクールカーストの違いはあれど学校でもそれなりに仲がよかったのだ。
女性は男と違っていろいろと気を遣うと聞く。おそらく、同じバイト先で仲良くやってる俺と学校でもそれなりの関係を築いておこうとする平山さんなりの努力だったのだろう。
「おまえ、モテモテやん」
俺の机に『紅茶花伝』の缶を置いて平山さんが去った後、机をくっつけてさもしく一緒に弁当を食っている友達に茶化される。
「そういうんじゃないから……」
満更でもない顔で答える俺。

高校の卒業式の時も、やはり平山さんは『紅茶花伝』を俺にくれた。それも、あったかいやつだ。
「梶くん、お疲れ。皆でカラオケ行くけどくるでしょ?」
「あ、ああ、俺は……」
ちら、と後ろを振り返る。
友達のりっくんとリョーモト、そしてオギノが俺に向かって笑顔で片手を挙げる。この後、皆で家で『スマブラ』をやる予定なのだ。むろん、断ろうと思えば断ってカラオケに行くこともできたが、
俺の心のなかではカラオケに行きたくない方に天秤が傾いていた。平山さんと二人きりならいいけど…
なんだか平山さん周りの陽キャ女子や男子と一緒に俺がカラオケに行くのは怖い。明らかに浮いている感じがするからだ。そういうわけで……
「ごめん、友達と予定があって、へへ……」
ヘラヘラしながら断った。今でも後悔している。『スマブラ』なんてどうでもよかったのに。
「そっか、残念。次あう時は私にカッコイイ椅子つくってね、格安で!」
インテリア関係の専門学校に行くのを伝えていたので、平山さんはそう言って笑ってくれた。
友達に呼ばれて遠くに行ってしまう平山さんの背を見送りながら、平山さんから貰った『紅茶花伝』を飲んで一息つく。俺の記憶に残る最後の『紅茶の香りだ』

平山さん、いまどうすか。幸せであることを願います。
俺は椅子を作らず、カラアゲをパック詰めしてます。
椅子は作れないけど、万が一出会えたらカラアゲはサービスします。
二度と戻らない日を思いながら酒を飲む。ほんのり『紅茶の香り』がした。

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