平和とか幸せとかそういう言葉を投げかけられると僕みたいなひねくれ者は真っ先に拒絶反応を示してしまう。
現実はいつだってうだつが上がらない。働かなくちゃご飯は食べられないし、どんなに綿密に計画を描いても成し遂げることなく、ベッドの上の妄想に終わる。
他人と比べられることが怖くて、「あなたとは違います」って顔して生きている。その実、当たり前みたいな顔をして人を嘲る。自分の矮小さに目を瞑って。
「小さな幸せ」と言われて、「小さな」という言葉が気に食わなかった。大したことがないように、控え目そうなふりをしている。
幸せが幸せであることに変わりはない。感情や感覚に客観的な基準はない。だからそれは人に語るための幸せだ。他人に語るための幸せだ。
ある人が語る小さな幸せが別の人にとっては一生をかけてでも手に入れたい幸せなのかもしれない。それは言い過ぎかもしれないが、「小さな幸せ」という言葉が僕のように自分の矮小さを隠して、人を見下しているかのように感じてしまう。
ごめんなさい
母親の声が聞こえた気がして目を覚ます。
一人暮らしの春
夢から覚めた僕はとても恐ろしい気持ちになっている。思考と現実が混同して白濁して、それまで確かな存在感を持っていたはずの世界がぼろぼろと瓦解していく。寂しさと困惑。
僕は一体どこにいるのだろう。
「もううんざりよ」
本当にうんざりだった。こうして彼と向かい合って話すことも、彼のために朝食を用意することも。夜な夜な知らない香水の匂いを漂わせて千鳥足で帰ってくる彼。口からはアルコールの臭いがし、いつの間にか纏うようになった加齢臭にムッとしながら、私は彼のカバンを受け取り、肩を抱えてなんとかベッドまで連れて行った。
「お酒を飲むのはいいけど、私の知らないところで飲んでよね。」
彼は何も言わず、曖昧な微笑みを浮かべた。その微笑みには、少年のような無邪気さと疲労が混じっていて、彼も歳をとったんだなと感じさせた。愛情なんかとっくに尽きているはずなのに、私は彼を捨てることができない。
「おいで。」
甘い声で彼が囁く。その声はお腹の底から響くように、毛布に包まれるような安心感をもたらす。細く長い腕、少しくたびれた肌、高く鋭い鼻。そして、目元には微笑みが浮かんでいる。私はやっぱり、どうしようもなく彼が好きなんだと思う。
彼は私を愛していたし、私も彼を愛していた。けれど、彼は私以外の女も愛していた。彼が言うには、みんな平等に愛しているというけれど、それでもやっぱり寂しい。それでも彼を愛してしまうのは、もはや何かの罰なのかもしれない。
彼の腕に包まれると、すべての怒りや悲しみが溶けていってしまう気がする。彼の温もりは、いつも私をだめにしてしまう。私は目を閉じ、彼の鼓動を感じながら、自分の中の矛盾を噛みしめていた。
夜が明け、彼がまたどこかへ出かける。出かける前、いつものように「愛してるよ」と言って。何度も聞いたはずのその言葉なのに、私の心は今でも跳ね上がる。そんな自分にため息をつきながら、そっとコーヒーをテーブルに置いた。
人生の薄さに飽き飽きとする。
僕は人生で後悔していることがない。もちろん失敗した夜、悩んでくよくよすることはあった。
でもこうやって人生という長い時間で振り返ってみると後悔はないのだ。それはサバサバしてるとか決断力があるとかそういう訳ではない。
ただ人生を震わすほどの決断をしてこなかった。それだけだ。
幸も不幸も中途半端。そんな人間だ。
生きる理由も見いだせず、死にたいほどの理由もない。
真綿で絞め殺されるようなじわじわとした焦燥。
明日死んでも構わない。生きる理由もない。
これを最悪と呼べるのだろうか。
人生は糸のようなものだというが、幸と不幸が絡み合ってできるはずの糸を僕は織り成せているのか。
死にたい。死にたくない。
最悪へ身を任せてしまいたい
雨が好きだ。
みんなが雨に濡れてしまえば惨めなのは僕だけじゃないと思えるから。
朝の辛さも夜の寂しさもみんなが平等に雨の下で晒される。
うまく決まらなかった髪型。ビショビショになった靴下、うまくいかないことがあったらそれはきっと雨のせいだ。
雨に濡れる瞬間が好きだ。
どうしようもないほど惨めになっていく自分の姿が好きだ。
雨が降ればだれの声も聞こえない。じっと自分の中に閉じこもる。だれも僕の姿なんか気にしやしない。
雨だけは僕の悲しさに寄り添ってくれる。
雨音が、水の冷たさがとても優しく感じる