人生の薄さに飽き飽きとする。
僕は人生で後悔していることがない。もちろん失敗した夜、悩んでくよくよすることはあった。
でもこうやって人生という長い時間で振り返ってみると後悔はないのだ。それはサバサバしてるとか決断力があるとかそういう訳ではない。
ただ人生を震わすほどの決断をしてこなかった。それだけだ。
幸も不幸も中途半端。そんな人間だ。
生きる理由も見いだせず、死にたいほどの理由もない。
真綿で絞め殺されるようなじわじわとした焦燥。
明日死んでも構わない。生きる理由もない。
これを最悪と呼べるのだろうか。
人生は糸のようなものだというが、幸と不幸が絡み合ってできるはずの糸を僕は織り成せているのか。
死にたい。死にたくない。
最悪へ身を任せてしまいたい
雨が好きだ。
みんなが雨に濡れてしまえば惨めなのは僕だけじゃないと思えるから。
朝の辛さも夜の寂しさもみんなが平等に雨の下で晒される。
うまく決まらなかった髪型。ビショビショになった靴下、うまくいかないことがあったらそれはきっと雨のせいだ。
雨に濡れる瞬間が好きだ。
どうしようもないほど惨めになっていく自分の姿が好きだ。
雨が降ればだれの声も聞こえない。じっと自分の中に閉じこもる。だれも僕の姿なんか気にしやしない。
雨だけは僕の悲しさに寄り添ってくれる。
雨音が、水の冷たさがとても優しく感じる
学生時代の卒業式を思い出す。高校三年間楽誇れるようなことなんてなかった。ただ漫然と時間を貪っていた。部活に入って、勉強もそこそこ頑張った。友達とも遊んでいたような気がする。それでも自分の高校時代を代表するものをあげろと言われると答えに詰まってしまう。ただただ意味を考えることなく日々を積み重ねた。いつかくる卒業という日がまるで何十年も先かのように、永遠に訪れないものかのように感じていた。
そんな私にもお気に入りの場所があった。もともと人と関わるのが嫌いだったので一人で過ごすことが多かった。休み時間になると逃げ込むように図書館へと足を運んだ。始めは人の目を避けるように通った図書館。本を読む気にもなれず図書館の奥へ潜り込んでは昼寝をした。暖かな午後の陽射しに見守られながら昼食後のまどろみを楽しむ。そんなのんびりとした時間の流れが大好きだった。
お昼になる度に図書館に通う。そんな私が読書に興味を持つのは自然なことだった。初めて手に取った本はきれいなサンゴ礁の写真集だった。表紙はサンゴ礁の中で踊るタツノオトシゴだったと思う。普段活字なんて読まないからこれなら自分も読めるかもなんて思った。
きっかけなんてそんなものだった。そこから私はたくさんの本を読んだ。海の話や森の話、新書や純文学、小説やライトノベルなんかも読んだりした。本を書いた人はなにを考えて、何を伝えようとしたのか。本を通して対話をする。そんな臭いセリフも確かにそうかもしれないと思った。
そんなこんなで私は図書館に通い続けた。そして迎えた卒業式。式を終え友達に別れを告げ、部活の仲間に軽く挨拶をし、お世話になった先生にお礼を言いに行く。それだけだった。それだけだった。そこに感慨も寂しさも何もなかった。ただ終わるだけだった。
卒業に対してどう向き合えばいいのか、この別れになんの意味があるのか。わからなかった。言葉の上でこの日々が終わることはわかっていてもその本当の意味を知らなかった。
気がつけば足は図書館に向かっていた。卒業式のこの日まで本を返し損ねていたからだ。受験休みを挟んでの久しぶりの登校日。ようやくという感じだ。リュックの中から3冊の本を取り出しカウンターへと向かう。
「本の返却をお願いします。」
カウンターの司書さんに声をかける。なんとなく手持ちぶたさを感じでカウンターに手をかけた。木製でできたそれは柔らかな暖かみが感じられた。
慣れた手つきで本のバーコードを読み込んでいく。1冊、2冊。3冊。機械がバーコードを読み取る音を立てる。
「卒業生?」司書さんが話しかけてきた。
「はい。今年無事卒業することができました。今までありがとうございました。」
自分で言ったはずなのに今までという言葉に思わずドキッとした。
「進学先は決まったの?」
「おかげさまで第1志望の大学に進学できました」
「そう、よかった。図書館で勉強してきた子は合格してる子が多いのよ。ずっと頑張ってたもんね。」
一瞬何を言っているのかわからなかった。少しして理解た。見ていてくれたんだ。
3年生の間は受験勉強に掛かりきりで図書館にこもっていた。授業の空き時間やお昼休み放課後、空いてる時間は図書館にいた。勉強は孤独だった。受験は過酷だった。でも見ていてくれた。それだけで全てが報われたような気がした。
「今までありがとうございました。」
もう少しだけ図書館にいたいと思った。
明日になればもう学校に行かなくていい。行ってはいけない。遅刻におびえて通学路を駆け上がることも、クラスで集まって朝の出席を取ることも、ぼんやりと夕焼けを眺めたあの時間も。もう迎えることがない。高校生という肩書もなくなって、この制服に袖を通すことも二度とない。通いつめた図書館に行くことももうない。
たった一つの出来事が今までの日々がとても素晴らしいものだったと教えてくれた。失いたくない、寂しい。いつの間にか自分でも気が付かなかった感情があふれ出した。何気ない日常の積み重ねがこんなにも愛おしいものだったなんて気が付かなかった。もう手に入らないものだと知らなかった。
終わってみて初めて
別れの意味を知った。
突然じゃない別れなんてない。来るとわかっていても別れた後のこの気持ちを知ることなんてできない。
別れはいつだって突然なのだ。だからまた次の別れために今日を大切に生きようと思う。
ふと急に散歩に出たくなるときがある。訳もなく駆り立てられるようにドアノブに手をかける。行く先も目的もないままポケットに忍ばせた小銭だけを頼りに、夜の影を縫うように進んでいく。自転車の鍵を部屋に忘れて一瞬取りに帰るか逡巡した。しかしどうせ急ぐ用がある訳ではないのだ。結局ぶらぶらと両手を振って歩き出した。
暗闇はいいものだ。暗闇の中の根源的恐怖の中に心くすぐられる神秘が眠っているような気がする。夜の街は昼の街と一変し、暗闇の中に溶け込んだ世界は魅力的に見える。人間の思惑や感情の交錯。そういう煩雑としたものが見えなくなってそれぞれの世界に向き合う時間。
過去を振り返るのか、未来の姿を描くのか。絶望も希望もこの時間は美しく光り輝く。眠りについた街の中ではいつだって一人だ。あがこうともがこうと進むことも戻ることもできない。想像の世界を描くことしかできない。そんな静かなどうしようもない退廃とした空気が好きだ。
真夜中