そう
あぁ、なんだ、“最初から決まっていたと”いうことか。
はっ、と自嘲する僕の声が狭い部屋に消えていった。|
そこまで打って手をとめた。
我ながら文才が無いものだ、と改めて痛感するお題だ。
いや、文才だけの問題では無い。
アイデアも、経験も、思考力もなにもかもがたりない。
動かない画面が暗くなり、変わりに醜い自分の姿が映し出された。
髪はボサボサで目元には隈、着ている部屋着はヨレヨレの、
なんとも覇気のない姿に軽く吐き気を覚えた。
―こんなはずじゃなかったのに
偶然にも今の姿が、先程まで綴っていた物語の人物と重なっていた。
これも、最初から決まっていたのかな。なんて
乾いた笑い声をもらし、僕は再び画面と向き合った。
【最初から決まっていた】
太陽に近づきすぎた男は翼をもがれ、地に落とされた。
父さんとともに幽閉された僕は
父さんの作った蝋で固めた翼で空を飛び、脱獄した。
牢獄からでることができたことと、空を飛んでいることで高揚した僕は
-太陽に近づいてはいけない。
そんな父さんの忠告を無視して太陽に近づいた。
雲を何度も突き抜け、胸いっぱいに空気を吸う。
翼をバサバサと動かし上へ上へと飛んでいったとき、
「やめろイカロス!」
そう叫ぶ父さんの声も、もう耳には入ってなかった。
なんって!素晴らしいんだ!!
例えこのまま本当に死んだとしても、構わない。
まるで恋焦がれる少女のように、そう思った。
あと少し、あと少しで太陽に届く!
熱くない、、熱くない!
ジッ
手を伸ばしたとき、短くきこえた。
手など、とうに焼け焦がれていた。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!!!
つい先程まで熱さだって感じなかった。なのになぜだ。なぜ
のどがヒューヒューと音を立てている。
蝋が溶けたのか、背中に激痛が走った。
翼も焦げ落ち、一気に落下していく。
-嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやっー......
ぐぢゃ
なんとも不愉快な、身体が潰れた音を最期に
意識は途絶えた。
目が覚めると、どこをみても白一色の場所で座っていた。
ふいに下をみると、仰々しい本があった。
なにも無い空間になぜ本が?と疑問に思いつつ、引き寄せられるように手にとり、捲ってみた。
―太陽に近づきすぎた英雄、イカロス
俺が?英雄?
はっ、と鼻で笑い、クククとのどを鳴らして呟いた。
「バカばっか」
【太陽】
恋に落ちた音がした。
変わり映えのない毎日を退屈に過ごしていたその日、
学校と反対方向に行く電車に間違えて乗った。
どうせ遅刻するなら、休んじゃえ。
頭の中の悪魔囁き、少し迷ったものの従うことにした。
海のほうに行くその電車は、通勤時間から時間がたったのも
あり人が少なかった。
ぼんやりと景色を眺めているとガタン、と車内が揺れた。
と思えば視界いっぱいに海が映り込んできた。
またガタンと揺れ、海は見えなくなった。
変わりに、トンネルに入ったのか窓には私の顔が映っていた。高揚して、目が輝いていた。
そっと頬に手を当てると、少し、熱い気がする。
この高揚を噛み締めるように手を握る。
そして、まるで愛おしいものを見つめるようにみる。
1時間程今まで見たことなかった景色を眺めてるうちに、
終点に着いた。
改札を出てしばらく歩くと、まるで異世界にいるかのように
目に映るもの全てが新鮮で、圧倒された。
ぶらぶらと歩いていると、視界の横でなにかが光った。
なんだろうと目を向けると、熊の木彫りの眼だった。
魚を咥え、こちらに目標を定めたかのように静かに睨んでくるその眼は、覆っている肉体の強さとは裏腹に、とても繊細で儚いもののように感じた。
翠玉のような眼を持つその熊に、自然と手を伸ばしていた。
コツン
けれど手にあたったのは木彫り熊ではなく、ガラスだった。
そのとき初めて、ショーケースに入っている商品だと認識した。
欲しい、そう一度思うと頭から離すことなど到底できなかった。
意をけして店のドアを開くと、カランコロン、という心地の良い鐘の音とともに、店員であろう一人の男性と目が合った。
好きだ
一目惚れとはこれを言うのか。
どこか怪しげな雰囲気を纏うその人に、一瞬で目も、心を奪われた。
その言葉は自然と口から出た。
「け、結婚してください!」
【鐘の音】