夢幻劇

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恋に落ちた音がした。


変わり映えのない毎日を退屈に過ごしていたその日、
学校と反対方向に行く電車に間違えて乗った。

どうせ遅刻するなら、休んじゃえ。

頭の中の悪魔囁き、少し迷ったものの従うことにした。
海のほうに行くその電車は、通勤時間から時間がたったのも
あり人が少なかった。

ぼんやりと景色を眺めているとガタン、と車内が揺れた。
と思えば視界いっぱいに海が映り込んできた。

またガタンと揺れ、海は見えなくなった。
変わりに、トンネルに入ったのか窓には私の顔が映っていた。高揚して、目が輝いていた。
そっと頬に手を当てると、少し、熱い気がする。

この高揚を噛み締めるように手を握る。
そして、まるで愛おしいものを見つめるようにみる。

1時間程今まで見たことなかった景色を眺めてるうちに、
終点に着いた。

改札を出てしばらく歩くと、まるで異世界にいるかのように
目に映るもの全てが新鮮で、圧倒された。

ぶらぶらと歩いていると、視界の横でなにかが光った。
なんだろうと目を向けると、熊の木彫りの眼だった。
魚を咥え、こちらに目標を定めたかのように静かに睨んでくるその眼は、覆っている肉体の強さとは裏腹に、とても繊細で儚いもののように感じた。
翠玉のような眼を持つその熊に、自然と手を伸ばしていた。

コツン

けれど手にあたったのは木彫り熊ではなく、ガラスだった。

そのとき初めて、ショーケースに入っている商品だと認識した。
欲しい、そう一度思うと頭から離すことなど到底できなかった。

意をけして店のドアを開くと、カランコロン、という心地の良い鐘の音とともに、店員であろう一人の男性と目が合った。

好きだ

一目惚れとはこれを言うのか。
どこか怪しげな雰囲気を纏うその人に、一瞬で目も、心を奪われた。

その言葉は自然と口から出た。


「け、結婚してください!」


【鐘の音】

8/6/2024, 9:04:56 AM