夏野

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6/7/2024, 3:17:33 PM

世界の終わりに君と


「とりあえずサッカーやろうぜ!」

その場にいた全員が一度凍りついたみたいに動きを止めた。もちろん自分も止まる。多分呼吸までも止まったと思う。
そして馬鹿みたいに早鐘になり呼吸が荒くなった。
呼吸が苦しく感じたが、先程よりは随分とマシだ。

「お前馬鹿だろ」

誰かが言った。
俺も同意した。算数のテスト0点を取った本物の馬鹿だ。とうとうトチ狂った、と思わざるを得ない。

いつも通りの口調でバカバカしいと口にしながらも、みんな不安で表情だけはおかしい。だが、その馬鹿だけは「おれ、ボール借りてくるな」と呑気に笑って教室を出
ていった。

「おい待て馬鹿っ」

1人で突っ走っていくので俺も慌てて飛び出す。
バカ担当よろしく、と後ろから声がかかったので、右手だけ軽く振っておいた。


その馬鹿はどうにもサッカー部の部室を目指していたらしい。
途中で表情の強ばった先生に遭遇したが無視だ。
無駄に足が早いから追いついた時には部室に着いていた。

「なぁ、なんでいきなりサッカーしようなんて言ったんだよ」
「みんなで出来るし、人数少なくても出来るのってサッカーくらいかなって」
「あと数時間で世界が滅びるって、お前だって聞いてたろ? なら家に帰って、」

そして言葉が止まった。家に帰って? その後どうするのか、とても想像出来ない。
というか、直前の告知すぎる。本日、あと数時間で世界は滅ぶでしょう、という言葉と専門家の難しすぎる説明によって、世界の終わりについての認識が追いついたところだ。
ネットニュースではデマだの、抗議するだの、言ってる人間がいて、この人たちは認めずに最後の最後まで政府の対応に批判して終わるのだろうか、と変なことを考えてしまい自分がどう過ごすか、なんて考えていなかった。

「最後を家で過ごすって? 家族はまだ帰ってきてないだろうし、1人になって今までの後悔とか、グダグダ考えそうだ。だったら、俺はみんなとサッカーしてたい」

馬鹿の言葉に確かに、と納得してしまった。

「帰りたい人は多分もう帰ってるだろ? 何人残ってるかな…」
「なぁ、お前、誰も教室に残ってなかったからどうすんの?」
「お前と2人でサッカー」
「俺も帰ったら?」
「リフティングの記録更新目指すさ」 と笑った。

何人かは帰ったが、大半残っていた。
理由はみんな同じで、最後の数時間を、何をしたらいいのか分からないと言った。

チーム分けは適当で、時間制限無し、審判も無し。
とにかくボールを追いかけて、とにかくゴールに入れるだけ。
始めてしまえばある種の恐怖も落ち着いたのが分かった。運動得意組が全力でボールを追い、運動苦手組がのんびりと走りながら愚痴とか暴露大会とかしてて、面白かった。

俺たちは力尽き果てるまで、全力でサッカーをした。世界が終わるその瞬間まで、世界で1番楽しく過ごした集団だと思う。

突然。
なにかに殴られた様に身体が宙投げ出された。
本当に世界終わるだなと、意識を失う前にそう思った。

6/6/2024, 11:36:58 AM

最悪

最近買った雨晴兼用の傘。
外出時の必需品はもちろん持っていて気分が上がるものがいい。可愛らしいささやかな刺繍に一目惚れした。
だから、外出が楽しくて仕方がない、のだが。

「リモートワークなんだよなぁ」

自分で選んで、楽しく働いているとはいえ、外出の機会があまりない。本当にない。
買い物は週末にまとめ買い派だし、一緒に出かけてくれるような友達も正直居ないし。

「週末、お出掛けするかぁ」

お出掛け、と言ってもひとりで外出するだけなんだけど。

そして週末。
念願?の外出である。目的地は家から少し離れたショッピングモール。出掛けないとはいえ、お出掛け用の服がとことんないので買いに行く。

6月の日中はもう日差し強いし、日傘日和だ。
気分よく家を出て駅をめざし始めた。

日傘で太陽を遮って気持ちよく歩いていた時、

日傘に、ボタッと、なんだか嫌な感じの音と重さを感じてピタリと足が止まった。
頭上の傘を見上げて、まさか、そんなことあるわけないよな、嫌な感じと予感と、絶望感を持って恐る恐る傘を畳む。

「……」

これは夢だ夢だ、お願い夢であってください。
という私の願いは通らず、傘には鳥のフンがべっちゃり、とついてた。
それはもう、ベッチャりと。

私はそれを無表情で見つめた。
買ったばかりだった、可愛くて一目惚れして買った傘。

……え、捨てる?
そんなまさか。洗って使います。
……洗うの?誰が?
自分で洗うしかないでしょうが。
……いつ?
えーと。今から?

逡巡したあげく、くるりと反転して、家に戻る道を辿る。
こんな最悪の気分で買い物なんて行ったら、なんでも買っしまいそうな気がする。
ストレス買い、良くない。

……この傘本当にどうしようかなぁ。

手に持つそれを、もう差す気にもなれない。
本当に、最悪だ。




6/5/2024, 4:30:57 PM

誰にも言えない秘密


「あ、誰にも言わないでって言われてたんだ。ごめん、忘れて!」

思わず話しちゃった、とちょっとだけ可愛こぶる。
そんな私に彼はすぐに青い顔になった。

「言わないでって言われたこと言うなよ!そして俺に言うな!なんでお前はいつもいつも俺に話すんだよ!?」

声が大きくてファミレスの中での注目を浴びたが、当人は、「俺は聞いてない、聞いてない…」と小声で呟き始めていて気づいてない。
これはいつもの呪文だ。彼にとってのおまじないで、呟けば直前に聞いたことを忘れられるらしい。
私はそれを、とても素敵な呪文だと思ってる。

「ほんっと、そういうところだよ」
「何が?」
「お前がモテない理由だ。ていうか、お前が失恋したから話聞けって、俺を呼び出しただろうが」
「そうでした」

忘れてんのか?若年性健忘症?と哀れんだ目で見られて、とても心外だ。

「なんだってお前の話から、他人の秘密の話になるんだ……」
「なんとなく?」
「人の秘密なんて知るもんじゃないし、言いふらすものでも無いだろ?本当に、もう俺の前だけはやめてくれ」
「努力はしてるんだけどなぁ。で、なに?これが私のモテない理由って、どういうこと?」

彼は嫌そうな顔を真剣な顔に変えた。

「守秘義務を守れないやつにろくな奴はいない」

手をぽん、と叩きたくなるくらい納得した。
「 絶対に言わないから安心してね」と約束しといて、他人にあっさり喋っちゃうような人は信用するべきじゃない。
つまり、私である。

「お前って秘密とかなさそうだよな。全部ボロっと話してそう」
「確かに秘密ってないかも。知られても別に困らないしね」
「本当にお前に話すことだけは、内容に気をつけることにするわ」
「そうして。私、嘘つけないからさ、思わずポロッと出ちゃうと思うし」

そう、警戒するべきは私なのだ。

「てことは、何か秘密があったりするの? 誰にも言わないから教えてよ」
「今の流れで教えるバカはどこにもいない」
「えーケチ」

くすくす2人で笑う。

私は彼に嘘をついた。
私にだって、秘密くらいある。誰にも言えない秘密が。
そして記憶力はものすごくいい方だ。
何もかも覚えてるし、何もかも忘れられない
忘れられないのに、他人の秘密なんて私は抱えていられない。

だから、私はポロッと話す。
“聞いてないこと”に出来る人に。

「また誰かの秘密入手したら連絡するね」

私はにこりと笑い、彼はガックリ項垂れた。



6/3/2024, 4:53:34 PM

失恋

大きな庭で、4人で遊んだ。
彼は王子だった。だが、子供の頃は正直あまり関係なく遊んでいた。
王子と、彼の従者と、有力貴族の娘のわたくしと、彼女。

「王子さま、こんなに小さいサナギが蝶々になるんですって。生命って不思議ではありませんか?」とわたし。
「蝶になる前は存在が薄いとはな!まるでこやつのようじゃないか!」と目をきらきらさせた王子。
「私は王子の側近ですよ。存在感を消すのは当然のことです」と従者。
「もう、王子さま! 今日は生物の観察ではなくわたくしはお茶会をしたい、と申しましたのに!」いつもこうなるのですわ!と嘆く彼女。

これがいつもの風景だった。

時は過ぎ、身長差があるようになると、もう昔のようには遊べなくなった。
基本はお茶会で、時々遊戯。庭を走り回るなんて真似はもう出来ない。



わたしは王子に好きだなんた言ったことはない。
態度に、出したつもりもない。
わたしと王子の熱愛報道なんでものが出てびっくりした。

「あの方に近づくのは金輪際やめてくださいな」

2人だけのお茶会で、彼女が言う。
机の上には例の熱愛報道が置いてあり、わたしは優雅にお茶を口にする。

わたしと彼女では、立場は彼女の方が上なのだ。
気さくで優しい王子が大好きで、王妃になるための努力を惜しまないような立派な方である。

「もちろん、分かっていますわ。変に騒ぐ方がこれ以上増えると困りますもの」

王子と結婚したければ、それ相応の教養が必要。
年回りがよく、家柄も問題ないわたしと彼女は候補筆頭なのだ。だがしかし、我が家は王妃を望んでいない。
何度か公言しているのに、誰も信じてくれない。

「研究所も、わたくしか辞めます」
「……よろしいの?」
「ええ、そろそろ辞めようと思っていたのです。私の婚約もそろそろ決まるのです。こんな噂は直ぐに消えますから、安心して下さいな」

わたしはニッコリと笑い、彼女が淑女の顔を取って目を丸くした。

「わたしと王子の接点は今研究所だけですからね。私が辞めれば噂も大きくはなりません」

熱愛報道が出た理由は何となく想像がつく。
わたしと王子は同じ研究所に所属し、似たような研究をしてる。というか、共同研究までしてる。
わたしと研究出来て嬉しいとか王子が言うから、勘違いするやつが出るのだろう。

わたしと王子は生態系に興味があるか、互いには一切関心がない。恋愛感情ではなく、ただの同僚って気分だった。

わたしは、仕事のために存在感を消せるような男が好きだ。
王子ではなく、王子の従者。

王子には近寄らないと言ってしまったし、つまりは王子の従者にも近付かない。
それに、婚約が決まりそうなのは本当のことだ。
結婚は義務なのだから、会わない方がいいに決まってる。

伝えもできない失恋。

目の前の喜ぶ彼女が羨ましいと、少しだけ思った。

6/2/2024, 3:42:07 PM

正直

学校、というものに憧れたことがある。
幼稚園は通ったが、小学生は一度も行っていない。
毎朝、ランドセルを背負っていく子供たちが、ちょっーとだけ羨ましかった。

「今日の運勢っと。ふんふん、なるほどね。ママは今日は三時から六時までお仕事するわ。夕食はみんなどうする?」
食べるなら作るわよ、と占い道具を片付けながら、母は部屋を見回す。

「今日も政治家先生との会食があるから、俺の分は不要だ」と、スーツのネクタイの位置がいまいち決まらない父が、ネクタイに奮闘して顔を顰めている。

「ふっふ、私は今日家で食べます。今日は通常のお勤めだけですから」と父を見て兄が上品に笑う。
そして僕も「僕も家で食べるよ!」と笑顔で答えた。

母は占い師で、父は呪い師で、兄は祭司で、僕はいわゆる霊媒師。
近所でも有名な“怪しい一家”。
唯一まともそうな母は気まぐれに街頭に占いをしていて、毎日自分の一日の行動を占って、1番いい時間帯で動くようにしている。
僕は占い師はみんなそうだと思っていたが、実は違うらしくてびっくりした。

父は呪い師で、何かと言われれば呪いを生業にしている。良い呪いも悪い呪いも掛ける、とは父談。
政治家の顧客が大半らしいく、それを知った僕は世の中は物騒だと思った。

兄はどうも神様が視えるらしい。
あまり聞いてはいないが、神隠しにあって、かなり危険だったという。
だから良心的な神様に守ってもらうのだと、どこかの司祭になった。
祟られるのは嫌だから、兄の神様について僕は聞かないことにしている。

そして僕は幽霊ばかり見て、変なことばかり言う子供だった。霊媒師という分類になる。
幼稚園の頃、見えない友達ばかりを増やして、周囲の子供たちに気味悪がられまくった。
結果的に僕が小学校に通えなくなった原因である。

なにせ、幽霊さんは沢山いる。そして見知らぬ単語を僕に教えて、僕はつい口に出して、周囲の大人も子供もドン引かせる。
ポルターガイスト的なことも何度かあり、僕と同じ学校に通いたくない、という子供が続出した。

いま僕は心霊現象研究協会で個別指導を受けている。
普通の小学校に通ってみたかった気持ちはもちろんある。
けど、僕は正直、家族の仲間外れみたいにならなくて良かったと思っている。

過保護な幽霊さんたちも沢山いるしね!


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