夏野

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世界の終わりに君と


「とりあえずサッカーやろうぜ!」

その場にいた全員が一度凍りついたみたいに動きを止めた。もちろん自分も止まる。多分呼吸までも止まったと思う。
そして馬鹿みたいに早鐘になり呼吸が荒くなった。
呼吸が苦しく感じたが、先程よりは随分とマシだ。

「お前馬鹿だろ」

誰かが言った。
俺も同意した。算数のテスト0点を取った本物の馬鹿だ。とうとうトチ狂った、と思わざるを得ない。

いつも通りの口調でバカバカしいと口にしながらも、みんな不安で表情だけはおかしい。だが、その馬鹿だけは「おれ、ボール借りてくるな」と呑気に笑って教室を出
ていった。

「おい待て馬鹿っ」

1人で突っ走っていくので俺も慌てて飛び出す。
バカ担当よろしく、と後ろから声がかかったので、右手だけ軽く振っておいた。


その馬鹿はどうにもサッカー部の部室を目指していたらしい。
途中で表情の強ばった先生に遭遇したが無視だ。
無駄に足が早いから追いついた時には部室に着いていた。

「なぁ、なんでいきなりサッカーしようなんて言ったんだよ」
「みんなで出来るし、人数少なくても出来るのってサッカーくらいかなって」
「あと数時間で世界が滅びるって、お前だって聞いてたろ? なら家に帰って、」

そして言葉が止まった。家に帰って? その後どうするのか、とても想像出来ない。
というか、直前の告知すぎる。本日、あと数時間で世界は滅ぶでしょう、という言葉と専門家の難しすぎる説明によって、世界の終わりについての認識が追いついたところだ。
ネットニュースではデマだの、抗議するだの、言ってる人間がいて、この人たちは認めずに最後の最後まで政府の対応に批判して終わるのだろうか、と変なことを考えてしまい自分がどう過ごすか、なんて考えていなかった。

「最後を家で過ごすって? 家族はまだ帰ってきてないだろうし、1人になって今までの後悔とか、グダグダ考えそうだ。だったら、俺はみんなとサッカーしてたい」

馬鹿の言葉に確かに、と納得してしまった。

「帰りたい人は多分もう帰ってるだろ? 何人残ってるかな…」
「なぁ、お前、誰も教室に残ってなかったからどうすんの?」
「お前と2人でサッカー」
「俺も帰ったら?」
「リフティングの記録更新目指すさ」 と笑った。

何人かは帰ったが、大半残っていた。
理由はみんな同じで、最後の数時間を、何をしたらいいのか分からないと言った。

チーム分けは適当で、時間制限無し、審判も無し。
とにかくボールを追いかけて、とにかくゴールに入れるだけ。
始めてしまえばある種の恐怖も落ち着いたのが分かった。運動得意組が全力でボールを追い、運動苦手組がのんびりと走りながら愚痴とか暴露大会とかしてて、面白かった。

俺たちは力尽き果てるまで、全力でサッカーをした。世界が終わるその瞬間まで、世界で1番楽しく過ごした集団だと思う。

突然。
なにかに殴られた様に身体が宙投げ出された。
本当に世界終わるだなと、意識を失う前にそう思った。

6/7/2024, 3:17:33 PM