最悪
最近買った雨晴兼用の傘。
外出時の必需品はもちろん持っていて気分が上がるものがいい。可愛らしいささやかな刺繍に一目惚れした。
だから、外出が楽しくて仕方がない、のだが。
「リモートワークなんだよなぁ」
自分で選んで、楽しく働いているとはいえ、外出の機会があまりない。本当にない。
買い物は週末にまとめ買い派だし、一緒に出かけてくれるような友達も正直居ないし。
「週末、お出掛けするかぁ」
お出掛け、と言ってもひとりで外出するだけなんだけど。
そして週末。
念願?の外出である。目的地は家から少し離れたショッピングモール。出掛けないとはいえ、お出掛け用の服がとことんないので買いに行く。
6月の日中はもう日差し強いし、日傘日和だ。
気分よく家を出て駅をめざし始めた。
日傘で太陽を遮って気持ちよく歩いていた時、
日傘に、ボタッと、なんだか嫌な感じの音と重さを感じてピタリと足が止まった。
頭上の傘を見上げて、まさか、そんなことあるわけないよな、嫌な感じと予感と、絶望感を持って恐る恐る傘を畳む。
「……」
これは夢だ夢だ、お願い夢であってください。
という私の願いは通らず、傘には鳥のフンがべっちゃり、とついてた。
それはもう、ベッチャりと。
私はそれを無表情で見つめた。
買ったばかりだった、可愛くて一目惚れして買った傘。
……え、捨てる?
そんなまさか。洗って使います。
……洗うの?誰が?
自分で洗うしかないでしょうが。
……いつ?
えーと。今から?
逡巡したあげく、くるりと反転して、家に戻る道を辿る。
こんな最悪の気分で買い物なんて行ったら、なんでも買っしまいそうな気がする。
ストレス買い、良くない。
……この傘本当にどうしようかなぁ。
手に持つそれを、もう差す気にもなれない。
本当に、最悪だ。
誰にも言えない秘密
「あ、誰にも言わないでって言われてたんだ。ごめん、忘れて!」
思わず話しちゃった、とちょっとだけ可愛こぶる。
そんな私に彼はすぐに青い顔になった。
「言わないでって言われたこと言うなよ!そして俺に言うな!なんでお前はいつもいつも俺に話すんだよ!?」
声が大きくてファミレスの中での注目を浴びたが、当人は、「俺は聞いてない、聞いてない…」と小声で呟き始めていて気づいてない。
これはいつもの呪文だ。彼にとってのおまじないで、呟けば直前に聞いたことを忘れられるらしい。
私はそれを、とても素敵な呪文だと思ってる。
「ほんっと、そういうところだよ」
「何が?」
「お前がモテない理由だ。ていうか、お前が失恋したから話聞けって、俺を呼び出しただろうが」
「そうでした」
忘れてんのか?若年性健忘症?と哀れんだ目で見られて、とても心外だ。
「なんだってお前の話から、他人の秘密の話になるんだ……」
「なんとなく?」
「人の秘密なんて知るもんじゃないし、言いふらすものでも無いだろ?本当に、もう俺の前だけはやめてくれ」
「努力はしてるんだけどなぁ。で、なに?これが私のモテない理由って、どういうこと?」
彼は嫌そうな顔を真剣な顔に変えた。
「守秘義務を守れないやつにろくな奴はいない」
手をぽん、と叩きたくなるくらい納得した。
「 絶対に言わないから安心してね」と約束しといて、他人にあっさり喋っちゃうような人は信用するべきじゃない。
つまり、私である。
「お前って秘密とかなさそうだよな。全部ボロっと話してそう」
「確かに秘密ってないかも。知られても別に困らないしね」
「本当にお前に話すことだけは、内容に気をつけることにするわ」
「そうして。私、嘘つけないからさ、思わずポロッと出ちゃうと思うし」
そう、警戒するべきは私なのだ。
「てことは、何か秘密があったりするの? 誰にも言わないから教えてよ」
「今の流れで教えるバカはどこにもいない」
「えーケチ」
くすくす2人で笑う。
私は彼に嘘をついた。
私にだって、秘密くらいある。誰にも言えない秘密が。
そして記憶力はものすごくいい方だ。
何もかも覚えてるし、何もかも忘れられない
忘れられないのに、他人の秘密なんて私は抱えていられない。
だから、私はポロッと話す。
“聞いてないこと”に出来る人に。
「また誰かの秘密入手したら連絡するね」
私はにこりと笑い、彼はガックリ項垂れた。
失恋
大きな庭で、4人で遊んだ。
彼は王子だった。だが、子供の頃は正直あまり関係なく遊んでいた。
王子と、彼の従者と、有力貴族の娘のわたくしと、彼女。
「王子さま、こんなに小さいサナギが蝶々になるんですって。生命って不思議ではありませんか?」とわたし。
「蝶になる前は存在が薄いとはな!まるでこやつのようじゃないか!」と目をきらきらさせた王子。
「私は王子の側近ですよ。存在感を消すのは当然のことです」と従者。
「もう、王子さま! 今日は生物の観察ではなくわたくしはお茶会をしたい、と申しましたのに!」いつもこうなるのですわ!と嘆く彼女。
これがいつもの風景だった。
時は過ぎ、身長差があるようになると、もう昔のようには遊べなくなった。
基本はお茶会で、時々遊戯。庭を走り回るなんて真似はもう出来ない。
☆
わたしは王子に好きだなんた言ったことはない。
態度に、出したつもりもない。
わたしと王子の熱愛報道なんでものが出てびっくりした。
「あの方に近づくのは金輪際やめてくださいな」
2人だけのお茶会で、彼女が言う。
机の上には例の熱愛報道が置いてあり、わたしは優雅にお茶を口にする。
わたしと彼女では、立場は彼女の方が上なのだ。
気さくで優しい王子が大好きで、王妃になるための努力を惜しまないような立派な方である。
「もちろん、分かっていますわ。変に騒ぐ方がこれ以上増えると困りますもの」
王子と結婚したければ、それ相応の教養が必要。
年回りがよく、家柄も問題ないわたしと彼女は候補筆頭なのだ。だがしかし、我が家は王妃を望んでいない。
何度か公言しているのに、誰も信じてくれない。
「研究所も、わたくしか辞めます」
「……よろしいの?」
「ええ、そろそろ辞めようと思っていたのです。私の婚約もそろそろ決まるのです。こんな噂は直ぐに消えますから、安心して下さいな」
わたしはニッコリと笑い、彼女が淑女の顔を取って目を丸くした。
「わたしと王子の接点は今研究所だけですからね。私が辞めれば噂も大きくはなりません」
熱愛報道が出た理由は何となく想像がつく。
わたしと王子は同じ研究所に所属し、似たような研究をしてる。というか、共同研究までしてる。
わたしと研究出来て嬉しいとか王子が言うから、勘違いするやつが出るのだろう。
わたしと王子は生態系に興味があるか、互いには一切関心がない。恋愛感情ではなく、ただの同僚って気分だった。
わたしは、仕事のために存在感を消せるような男が好きだ。
王子ではなく、王子の従者。
王子には近寄らないと言ってしまったし、つまりは王子の従者にも近付かない。
それに、婚約が決まりそうなのは本当のことだ。
結婚は義務なのだから、会わない方がいいに決まってる。
伝えもできない失恋。
目の前の喜ぶ彼女が羨ましいと、少しだけ思った。
正直
学校、というものに憧れたことがある。
幼稚園は通ったが、小学生は一度も行っていない。
毎朝、ランドセルを背負っていく子供たちが、ちょっーとだけ羨ましかった。
「今日の運勢っと。ふんふん、なるほどね。ママは今日は三時から六時までお仕事するわ。夕食はみんなどうする?」
食べるなら作るわよ、と占い道具を片付けながら、母は部屋を見回す。
「今日も政治家先生との会食があるから、俺の分は不要だ」と、スーツのネクタイの位置がいまいち決まらない父が、ネクタイに奮闘して顔を顰めている。
「ふっふ、私は今日家で食べます。今日は通常のお勤めだけですから」と父を見て兄が上品に笑う。
そして僕も「僕も家で食べるよ!」と笑顔で答えた。
母は占い師で、父は呪い師で、兄は祭司で、僕はいわゆる霊媒師。
近所でも有名な“怪しい一家”。
唯一まともそうな母は気まぐれに街頭に占いをしていて、毎日自分の一日の行動を占って、1番いい時間帯で動くようにしている。
僕は占い師はみんなそうだと思っていたが、実は違うらしくてびっくりした。
父は呪い師で、何かと言われれば呪いを生業にしている。良い呪いも悪い呪いも掛ける、とは父談。
政治家の顧客が大半らしいく、それを知った僕は世の中は物騒だと思った。
兄はどうも神様が視えるらしい。
あまり聞いてはいないが、神隠しにあって、かなり危険だったという。
だから良心的な神様に守ってもらうのだと、どこかの司祭になった。
祟られるのは嫌だから、兄の神様について僕は聞かないことにしている。
そして僕は幽霊ばかり見て、変なことばかり言う子供だった。霊媒師という分類になる。
幼稚園の頃、見えない友達ばかりを増やして、周囲の子供たちに気味悪がられまくった。
結果的に僕が小学校に通えなくなった原因である。
なにせ、幽霊さんは沢山いる。そして見知らぬ単語を僕に教えて、僕はつい口に出して、周囲の大人も子供もドン引かせる。
ポルターガイスト的なことも何度かあり、僕と同じ学校に通いたくない、という子供が続出した。
いま僕は心霊現象研究協会で個別指導を受けている。
普通の小学校に通ってみたかった気持ちはもちろんある。
けど、僕は正直、家族の仲間外れみたいにならなくて良かったと思っている。
過保護な幽霊さんたちも沢山いるしね!
梅雨
長い雨と、湿気と、雨の日の独特のにおい。
それがきらいで、嫌な季節。