無垢
目が合って、可愛く笑い、小さな手で指をギュッと掴まれたら、心臓を容易く掴まれてしまった。
そんな赤ちゃんを拾って6年。
赤ん坊の時から可愛く笑う子供が、可愛い少年になった。
基本的に自給自足の生活だ。
家の前で小さな畑と、家畜たち。あと防犯用に犬を飼育している。
そして今、わたしの目の前では天使(少年)と天使(犬)が戯れている。
思わず作業の手が止める。無邪気で可愛い。
けれど、もう6歳になるから、そろそろ勉強も教えないとならない。わたしが教えるか、学校に通わせるか。
無垢なままでいて欲しい、と願うのは大人のわがままだと知っている。
もう少し天使たちの戯れを堪能するか、と、わたしは問題の先送りを決めた。
終わりなき旅
天秤に乗るのは、いつだって自分の命である。
ついでに、何かが起きる時は、だいたい唐突で、心の準備なんてする時間はない。
「おい、逃げるぞ。早く準備しろ」
言われれば慌てて飛び上がって、荷物を背負う。リュック一つが、わたしの全財産。それ以上は持てないし、持っては行けない。
最初はどうしても手放したくなくて、大きいボストンバッグも持っていたけど、気づいた時には手放していた。
相棒となった男は決して自分の荷物以外は持たないし、わたしは体力と腕力が足りなくて、ずっとは持っていられなかった。
荷物より、命が大事。
その次に、お金で、食料。
今のわたしをお母様が見たら泣くだろうな。
先行する男の後ろを追う。
廃墟の街中をジグザグに進むので、もうわたしには方向が分からない。
「何が、あったんですか」
男がチラリとわたしを見る。美形は無表情だと怖い。
「イカサマがバレた。捕まると面倒だ」
「……そうですね 」
「安心しろ、金は回収出来た」
さすが詐欺師、と言えばいいのか悩む。
それとも、お金があって重畳、とでも言うべきか。
わたしは男のことを知らない。
男はわたしを知っている。そして目的は同じだと言った。
ならば、どうなろうが構わないと思った。
王女、と呼ばれたわたしが普通に、平民として生きれるような場所にいつ辿り着けるのだろうか。
終わりの見えない道を、とても胡散臭いけれど、唯一信じられる人と旅をする。
終わりなんて来なければいいのにね。
【⠀「ごめんね」⠀】
罪悪感が少しあるけど、とにかく階段をダッシュで登る。間に合わなくなっちゃうから、と。
そこが廃ビルなのは知っていた。
ガラの悪い人たちが入り込んだりしてるし、倒壊の危険があるらしい。
それなのに権利の問題なのかお金の問題なのか、撤去されずに放置されている。ついでに最初は鍵が掛かっていたが、誰かが開けてしまい、今は常に開けっ放し状態である。
自殺の名所のようになってしまっていた。
月二回もあればもう十分頻繁だろうと思う。
屋上に着く頃には心臓バクバクで、息が荒い。廃ビルだからもちろんエレベーターなんて動いてないのだ。
12階の屋上まで全力で階段を駆け上った私は頑張った。
そして屋上のドアを勢いよく開けた。
というか、足がプルプルして、ドアにもたれ掛かるようにして開けたので物凄い勢いになった。
屋上にはひとり、いた。
屋上の端っこ、落ちそうなところに、いた。
夜で暗いし、わたし目悪いし、そこにいるのが男が女かも分からなかった。とりあえず、叫ぶ。
「はぁ、ハッ。、あの! すみません! 死ぬならわたしと一緒にいきませんか!?」
「……、は?」
少し間を置いて、一言帰ってきた。声が低い。男の人だ
。
「……それは、一緒に死にたいってこと?」
「あ、え?いやいや、違います!生きるって方です!死ぬの辞めて、その、生きるのが嫌で辛くて自殺を選んだか分からないですけど、わたしの、そばに、居て欲しいなーって、思って、」
ひとりは寂しい。誰かと一緒に居たいのに、ヘタレて誰にも頼れも、甘えも出来ない。わたしが唯一、甘えられた人は「ごめんね」というメッセージの後に自殺してしまった。
自殺を選ぶくらい、辛いとか苦しいとかは誰か人が傍にいれば生きれると、わたしは思う。
……。勢いで言ってしまったが、突然見知らぬ女に言われても、困るかも。
「わたし、何言ってるんでしょう?ごめんなさい、すみません!変なこと……」
頭を抱えてると、「あんた、そんなこと言って俺が犯罪者だったらどうすんの?」と近くから声がしてびっくりした。
男が落ちそうな端っこに立つのは止めたらしい。
「犯罪者なんですか?」
「……違うけど。あんた、俺の自殺止めた責任とってもらうからな」
こんなわたしでも、人を救えることもあるんだ。
とても嬉しくなって、「もちろんです。わたしと一緒に生きましょう」と男に抱きついた。
半袖
どうせ大きいだろうから、半袖と半ズボンを出した。
半袖は首周りが少し狭いやつ。
どうしてこうなった。
バスルームから聞こえる水音に、ゲンナリしてきた。
漫画のような豪雨に見舞われて、ほどほどの年頃の男女が共にびしょびしょになって、とりあえず本当に近かった自分のマンションに避難した。
そしたら、7月なのにクソ寒くなってお互い震え始めてしまえばもうどうしようも無い。
絶対に何もしない、と約束の元自宅に招き入れ、自分よりも圧倒的に寒がってる彼女を先に風呂に案内した。
だから、着替えが必要で、服を引っ張り出して、バスタオルと共に渡したのが、ついさっき。
漫画かよっ!
水音が止まって、なんだか諸々と音が聞こえる。仕方がない。男の一人暮らしのワンルームマンションである。
ワンルームだからこそ、駅チカでもそこそこの金額で住めるのだ。
「なに、その顔?」
俺の半袖と半ズボンだったものはやっぱりどちらもダボダボだった。
俺は身長180cmあるし、彼女は150cmくらいだから、俺と話す時首痛いって文句言われたこともあった。
ダボダボなだけで、隠れるところが隠れてるから別にいっか……。
「いやべつに」
「そう。……シャワー、貸してくれてありがとうね」
「どういたしまして」
俺もシャワー浴びてくるわ、とバスルームへ。
……彼女でも身内でもない女のあとに、自分の家のバスルーム使うのって……。
なんだかものすごく妙な気分になった。
シャワーから出てくるお湯にホッとするも、なんだか嫌な予感もする。
雨凄すぎて帰れなくなって、泊まらせることになるとか。
漫画的な展開は一日一回で十分だと思う。
シャワーから上がると彼女がテレビをつけていて、ニュースが流れていた。
テレビの中の街中は物凄い暴風雨だった。
そして彼女が申し訳なさそうに言った。
「ごめんその、何もしないから、泊めてもらってもいい?」
「……いいよ。これじゃあ帰れないだろうし」
「ありがとう。……私も駅チカに住みたくなったよ」
漫画的なストーリーって、現実にあるんだなぁと、変に感心した。
天国と地獄
獲物がいれば銃を構える。
狙いを定めて、自分の心臓の音しか聞こえないくらい集中して、撃つ。
当たればよし。当たらなければ、自分が死ぬ。
それが自然の中の出来事で、狩人の生活。
狩人だけでは生活出来ないので、自分で店を持ってる人が多い。俺もそうで、喫茶店を経営してる。
寒い日に暖かくて美味しいコーヒーをひとりで飲んでる時、ここは天国だと思う。
「こんちわ、旦那。売上はどうです?」
「よう、クソガキ。見りゃわかること聞くな」
「程々ってとこすかね。あ、コーヒーひとつ」
閑散とした店内に入ってきたチャラそうな男。
いつも通りにカウンターに座った。
同じく狩人で、腕はそこそこ。
「旦那のコーヒーは美味いッスね…生き返る…」
「それは良かった」
「旦那あての仕事、預かってきたんです。ほんとこの世の中、腐ってません?」
「いつ?」
「明日ですよ。全く、こっちの準備時間は考慮されてないのも腹立つ」
チャラい男が持ってきた封筒を出した。受け取り中身を確認する。
「明日、店頼んでもいいか?」
「はいはーい。頼まれます」
封筒の中は、なんの変哲もない依頼書と写真が1枚。
殺人依頼書。本当になんだって、こんな物騒なものがこの世の中にあるのだろうか。
狩人は獣を狩る。
依頼書が届く度に人間も獣のひとつなんだろう、と思う。
街中で隠れてターゲットを待つ。
現れたターゲットに狙いを定めて、心をむにする。
当たればよし、外せば自分が死ぬ。
音もしないまま銃弾がターゲットを貫通して、ターゲットが倒れてどこかから悲鳴が上がる。
その悲鳴を聞く度に、この世界は本当は地獄だな、と思う。