「クリスマスケーキいかがですかー!」
隣に並ぶアヤが声を張り上げる。行き交う人々はチラリとコチラを見て、そのまま通り過ぎる。
「ほら、シズちゃんも」
アヤがコソッと肘で私を突きながら声を掛けてきた。私はため息をついて、顔を上げる。
「美味しいっすよ。マジで。いかがっすか」
「ダメ、もっと可愛く」
「できるわけないじゃん。トナカイよ、私」
コンビニのマドンナなアヤは、店長から早々にサンタ役を任された。毎年コンビニ前でケーキやフライドチキン(と称したホットスナックのチキン)を販売しているのだが、その役にアヤは立候補した。女の子の隣には女の子、という謎の理論で同じシフトの私もやる羽目になったのだ。
サンタ服や私が着ているトナカイの着ぐるみは、コートの上から羽織れるようにビッグサイズ仕様だ。男の人にとっては標準サイズのため、結局適任なのは女の子なのだ。
他の男子バイトの人たちはトナカイの角のカチューシャかサンタの帽子を身につけている。店長はなぜかトナカイの角にサンタの白い髭という風貌で、平然とレジ打ちをしている。お客さんがコンビニから出てくるたび「角に髭」「長老トナカイ」等呟いている声が聞こえた。
「トナカイ界隈にだって可愛いメスいるってば」
「かわ、いい?」
「ほら、つぶらな瞳とか、角の形が綺麗とか」
考えたこともない発想に思わず唸った。
人通りが増えてアヤが大声で呼びかける中、私は可愛いトナカイについて考えていた。
風貌はつぶらな瞳に美しい角、整えられた毛並み。立ち姿は凛としていて、駆け回る姿は戦士のように勇ましい。きっと群れから逸れたトナカイを心配して連れ戻しに来るような、優しい心を持っているのだ。
そんなトナカイに、私が、なる?
私は愕然としてテーブルに両手をついて顔を伏せた。
「無理だ、解釈違いだ」
「あ、出た。解釈違い」
「やっぱり私には可愛いトナカイを演じることは難しい」
「私としては体育会系のトナカイの方が難しいと思うけど」
あ、いらっしゃいませ!
アヤはいつの間にか目の前にいたお客さんへ挨拶した。私も気を取り直して顔を上げた。
「すげぇ、サンタとトナカイだ」
「すみません、ケーキ一つください」
「なぁ、めっちゃ可愛くない?」
「ここってバーコード決済できます?」
「サンタが可愛いのはもちろんだけど、モコモコ冬毛なトナカイも可愛くない?」
「じゃあ現金で」
「ねぇ、聞いてる?」
「逆に聞く必要ある?」
淡々とお会計をする男の子に対して、ひどいと笑っている男の子。面白い組み合わせだけど、同じ高校の制服を着ているからきっと友達なのだろう。
「すみません、ファンサください!」
「あ、そういうサービスはお断りしております」
ズバッとはっきり断ったアヤに、塩対応と笑っている男の子。ケーキを買った子はコンビニの袋を下げて、隣の男の子の襟ぐりを引っ張りながら会釈してきた。
なんだか賑やかで、でもほっこりしてしまった私は、両方の人差し指と中指を繋げてハートを作ってみた。もちろん、ケーキを買った男の子に対してありがとうの意味を込めてだが、引きずられた男の子も見ていたらしい。
「ねえ、俺、あのトナカイ飼う!」
「バカ」
「トナカイって何食うんだろ。やっぱり鹿せんべい?」
「なわけ」
ひたすら喋り倒す男の子と、ひたすら冷たく返事する男の子。
私は人目も憚らずお腹を抱えて笑った。
おかげさまで薄い本が厚くなる。
『イブの夜』
「えっ、あー、プレゼントなんですけど。マフラーは去年渡したんで今年はニットとかにしようかなって。サイズ? えーっと、身長一五三センチメートルなんだけど、それくらいのサイズで適当に!」
厚みは?
『プレゼント』
大嫌いなかぼちゃが夕飯に出た。
「かぼちゃは栄養満点なんだから今日ぐらい一つ食べなさい!」
目くじらを立てたお母さんが、私の取り皿にかぼちゃの煮物を一切れ取り分けた。そりゃあお母さんからしたら一口大のかぼちゃだけど。私からしたら巨大な台形型の天敵である。食感はモソモソするし、繊維だか何だかが口に残るし、なによりもったりした舌触りが気に入らない。皮付きで堂々煮付けられたくせに肝心の皮が全然柔らかくないのも憎たらしい。
私は顔を歪ませたまま、果肉の部分を箸で少し摘んで口に含んだ。しょっぱい煮物しか知らないからかぼちゃ独特の甘味に眉間の皺が寄る。
私の様子に見かねたお母さんが、鬼の形相で口を開く。
「そんなの食べたうちに入るわけないじゃない! 食べたくないならもうご飯終わってもいいんだよ!」
「やだ!」
「じゃあ嫌いな物も食べなさい!」
「やだ!」
「わっっっがままっ!!」
やばい、返事間違えた。
そう思った時にはすでに手遅れで、お母さんは私が次どんな行動を取るか見張る態勢になった。
さすがにこのまま平然と他のものを食べたら、私は明日からご飯がなくなる。
私はそう危機を感じ取り、半ばヤケでかぼちゃを一切れ箸で刺し、口に放り込んだ。噛めば噛むほどもたつく口の中を、冷たいお茶と温かいお味噌汁で飲み下す。嫌いな食べ物の、嫌な味が口に残る中、私は新しいお茶を注ぎに席を立つ。
「最初っから食べればいいんだよ。たった一個で大袈裟な」
グチグチと続くお母さんの小言に、私は何も言葉を返せなかった。ただ席に戻って、残りのご飯を飲み込むようにかき込んだ。
トウジにはナンキンとユズユ。
ここに「冬至」と「南瓜」、「柚子湯」が当てはまり、日本の年中行事であると理解できるまで十年以上は掛かった。
当時の母と変わらない年齢に達しても、かぼちゃへの苦手意識は克服できないままだ。だからかぼちゃの他に「ん」が二回繰り返される食べ物を食べると良い、という言い伝えを当てにして、ニンジンとレンコンのきんぴらを毎年食べている。
ご飯の後は、ゆずの香りが漂う湯船に全身で浸かる。ぼんやりと宙を見ながら、遠い日の記憶を思い出して悶絶する。超絶わがまま娘時代の私は黒歴史と呼ぶに相応しいくらい、高飛車で小生意気な小娘であった。
『ゆずの香り』
目の前に広がる景色には何もない
右も 左も 後ろも
四方八方に広がるのは無の世界
人も 物も 自然も
何もかもが存在していない
空っぽな世界
淡々と述べているとよぎる疑問
証明も 保証も
どこにも何もないこの世界
私はこの世界で生きているのか
実体のない魂だとしたら
それは存在していると言えるのか
答えが見つからないまま
時はいたずらに過ぎていく
『大空』
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(たいくう)
「今年の大晦日はベル何回鳴るんだろう」
「百八回って決まってんだよ。てか宗教上英訳は不味いだろ」
『ベルの音』