みっちゃんがいなくなった。ゆーくんも、あっちゃんも。みんな、いなくなった。
いつも四人で遊んでいた。みんなの家のちょうど真ん中にあるから、いつも公園に集まった。ブランコと滑り台と、なんかよくわからない丸くて大きくてたくさん穴の空いたもの。ボールを思いっきりけったり投げたりするには狭いけど、禁止されているわけじゃない。そんな広さの公園。公園に集まってはボール遊びや鬼ごっこをしていた。
最初はみっちゃんからだった。
かくれんぼしようとみっちゃんが言い出して、私たちがそれに乗っかった。鬼はじゃんけんで負けた私だった。
目を瞑って、大きな声で数える。
いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー!
もーいーかい!
まーだだよ!
何度もやりとりを繰り返して、返事がようやく「もーいーよ」になった。私は目を開けて、みんなを探し始めた。
木の影にかくれたゆーくんは、すぐに見つかった。木が登れないから影にかくれていたらしい。顔を真っ赤にして照れていた。
次にあっちゃんを見つけた。あっちゃんは滑り台の頂上でしゃがんでいた。公園の中だとかくれる場所がなさすぎて、時間がかかったって。
あと一人、と思ったところで二人が帰ると言い出した。
「まだみっちゃんが」
「みっちゃん? だれ?」
「最初から三人で遊んでたじゃん」
二人は不思議そうな顔をして「変なの」というセリフを言って帰っていった。私はその場で立ちつくしていたけど、みっちゃんを見つけて早く帰ろうと思って公園中を探した。
みっちゃんはいなかった。
親に聞いても、他の友達に聞いても、先生に聞いても。みっちゃんのことを知っている人がいなかった。私は学校帰りに必ず公園へ行って、みっちゃんを探した。遊具の中も、生け垣の影も全部すみずみまで探した。それでもみっちゃんはひょっこり現れることもなかった。
次また三人で公園に集まった時、かくれんぼしようと言われた。ゆーくんだった。私は前回のことを思い出してイヤな気持ちだったけど、断れなかった。
三人でじゃんけんして私がまた負けた。公園の真ん中で目を瞑り数を数える。
いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー!
もーいーかい!
まーだだよ!
返事が「もーいーよ」と帰ってくるまで繰り返した。そして、返事をもらった私は目を開いて歩き出す。もーいーよの声が一人分しか聞こえなかったことが気になったけど、きっとイジワルされてるだけだろうと思った。
あっちゃんがすぐ見つかった。生け垣のところに体を丸めていた。あっちゃんは立ち上がって砂をはらいながら言った。
「やっぱり二人でかくれんぼはないか」
「え?」
私があっちゃんを見つめても、あっちゃんはあははと笑うだけだった。
私は毎日公園へ通ってみっちゃんとゆーくんを探した。これだけ探したのに見つからないのはおかしい。でも二人とも早く帰ったわけじゃない。二人は学校も来てないし、机もいつの間にか無くなっていた。そして、二人のことを誰も覚えてないのだ。
二人を探した帰り、ゆーくんママとばったり会った。「こんにちは」と声をかけたら、ゆーくんママは不思議そうな顔をして「こんにちは」と言った。
「ゆーくん、元気ですか?」
私が笑顔で言うと、ゆーくんママは眉を下げた。
「ゆーくんってあなたのお友だち? 誰かと間違えてないかしら」
ゆーくんママはそそくさと帰っていった。私はその後ろ姿を眺めているだけしかできなかった。親ですら、子どものことを忘れてしまうんだと思った。
じゃあ何で私は覚えているのだろう。
いつもの公園で、あっちゃんと二人きりのかくれんぼをすることになった。鬼はじゃんけんで負けた私だ。いーち、にー、と数えながら考えることは、いなくなった二人のことだ。
どうしていなくなったのだろう。
どうして誰も覚えてないのだろう。
どうして私だけ覚えているのだろう。
グルグル頭の中で考えて、ふとかくれんぼ中だったことを思い出した。私は大きな声で叫ぶ。
「もーいーかい!」
私の声は公園じゅうに響き渡った。そして、しんと静かになった。
「もーいーかい!」
もう一回、今度はもっとたっぷり息を吸って大きな声を出した。それでもあっちゃんは、返事をしてくれない。
私は勝手に動き出し、あっちゃんを探した。木や生け垣の影、滑り台の頂上、丸い遊具の中。
誰もいない。どこにもいない。
公園には私一人しかいない。
私は公園の真ん中で一人しゃがんだ。一体何が起きたのだろう。ただ公園でかくれんぼしただけなのに、みっちゃんも、ゆーくんも、あっちゃんもいなくなった。私はさみしくて泣いた。
「泣かないで」
どこからともなく声が聞こえた。子どもの高い声だった。
「みんなここにいるから、泣かないで」
「ここってどこ? どこにもいないよ」
私は顔を上げて周りを見渡した。誰もいない、静かな公園しか広がっていない。
「ここだよ、ほら、おいで」
私は立ち上がり、声のする方へ歩いた。丸い遊具の中だ。中に入ると、たくさんの穴から外の光が入ってきている。
「光っている穴へおいで」
私は声に従って光る穴を探した。光る穴はすぐ見つかって、手を伸ばせば届きそうな高さにある。私はとっさに手を伸ばした。光の枠に触れると、そのままみるみる吸い込まれていく。
「あーあ」
最後に聞こえたのは呆れ声だった。
『たそがれ』
ぐずぐずして朝寝坊するし
勢いよく朝食を食べて口の中やけどするし
眉毛はバランスよく書けないし
慌てて家を出て駅まで走るし
通勤電車は遅延するし
飛び乗った電車は逆方向だし
何とか会社に来ても社員証忘れてたりするし
席に着けば上司に
「あれ、今日リモートだったよね?」
って聞かれて全身血の気が引くし
いつもお昼に食べるランチが売り切れてるし
午後の眠気と低血糖との戦いに負けるし
収拾つかなくて一時間残業するし
電車のせいで目の前の人に二回窓ドンするし
帰宅してから買い忘れに気がつくし
キャベツこぼしただけで泣きそうになるし
湯船でウトウト半分寝るし
早く寝ようと思っても結局日は跨ぐし
寝落ちしないと決めても結局寝落ちするのだ
『きっと明日も』
一人の時間は静かだ。
閉店間際の夜の時間帯は、お客様が駆け込まなければしんと静まり返る。日中は人で賑わっていて、店内の音楽はまともに聞こえないけど、夜はハッキリと聞こえる。月が変わった影響か、十月のイベントに合わせてハロウィン風の音楽が軽快に流れていた。
まあ、今日は何の不具合か音楽すら流れていないけど。
音楽がないと不気味で気がそぞろになってしまう。特に今日は音楽が流れていてほしかった。
先程まで早番だった同僚の愚痴を聞いていた。この同僚は気に食わないことがあると一日中ああだこうだ愚痴ってくる。
私はいつもちゃんと聞いているポーズをとって、相槌を打って、でも同調して何も言わないようにしている。不満があるのはお互い様だから、言い出したらキリがない。
それに、同僚は誰にでも愚痴を言う。隣の売り場の人にも、愚痴にしていた相手にも。
口の軽い同僚に、弱みを握られるわけにはいかない。そう気持ちを奮い立たせて、言いたいことを腹の中で堪えて頷いていた。
私は、人から愚痴を聞いた時の、この胸に溜まったモヤモヤをどう処理すれば良いのか分からない。同僚が帰って一人になると、胸に溜まったモヤモヤが込み上げてくる。とても不快で、苦しくて、居心地が悪くて、息がしづらくなる。何度も深呼吸しては「いなくなれ」と吐き出した。それでも吐ききれない何かが残っている。
私はその残骸を誰かに聞いてほしい反面、相手にこのモヤモヤを移す勇気がない。相手にこの不快感を味わってほしいわけではないから。
今日も一人静かな時間を、深く呼吸してやり過ごすしかない。
『静寂に包まれた部屋』
「最期に言い残すことはあるか」
「……あなたに出会えてよかった」
「そうか、俺は最悪だ」
君の胸に赤い花が咲いた
『別れ際に』
「虹が見えるまでもうすぐかな」
待ち遠しそうに君が言う。俺はチラッと時計を見た。十六時五十分。通り雨とはいえこの頃日没が早いから厳しいかもしれない。
雨は君の思惑とは違い、十八時過ぎまで降った。すっかり辺りは暗くなっていて、虹なんて現れる気配はない。
「ねえ見て」
君が窓の外を指差した。釣られて目を向ければ、丸々とした月が大きく輝いている。
「月が綺麗」
うっとりと月を見上げる君の横顔。俺は月よりも君にずっと見惚れていた。
『通り雨』