最近集め出したシールにマスキングテープ。
文具売り場で見かけるとついつい選んで買ってしまう。
小学生の頃と違ってキャラクターシールにはあまり興味がわかなくて、季節に合わせたカラーやイラストに惹かれる。
春は桜、瑞々しい緑に色とりどりの花々。色鮮やかで可愛らしい。夏は海、花火。うちわやかき氷などの小物がアクセントになる。和風の柄のマスキングテープは浴衣を連想してとても良い。秋は紅葉。全体的にノスタルジックな雰囲気を漂わせるニュアンスカラーを選びがち。冬は雪、結晶の模様。静寂な青白いカラーに、駆け回る猫や、溶けて消えてしまいそうなシマエナガを合わせると寂しくなくて良い。
あいにく手帳は持ち合わせてないから、無地のカレンダーを買って月毎にデコレーションしている。
可愛いシール、アクセントになるマスキングテープ。休みの日はカレンダー通りではないからカラーペンで塗る。カラーリングに統一感を持たせると、不思議と元からこの絵柄で販売されていたのでは、と錯覚してしまう。私史上最高の可愛いカレンダーの完成だ。
つい先ほど、その可愛いカレンダーに予定を書き込もうとした。ボールペンを握ってカレンダーと向かい合い、ふと手が止まる。
可愛すぎて、予定を書き込みたくない。
結局予定は書けずじまいでペンを置いた。
果たして、本来のカレンダーとして使用される日は来るのだろうか。
『カレンダー』
縋りついて咽び泣きたい衝動があったはずだった。
自分の真ん中を通る芯に穴が空いている感覚。地に足をつけて生きているはずなのに、今にも膝から崩れ落ちそうな瞬間が絶え間なく繰り返される。
前へ進むことも、立ち止まることも、振り返ることも怖かった。立つことも、座ることも、横たわることも。目を開いて、耳を澄ませて、息を吸って吐いているこの状況が許せなかった。
大きな悲しみに明け暮れていたはずだった。
何もかもがどうでもよくなった。
聞こえてくるニュースも、SNSの文字の羅列も何の情報も頭に入ってこなくなった。
自分が失ったのは、かけがえのない大切なものだけだった。
それなのに、今の自分には何もなかった。感情も感覚も感性も。何もかも抜け落ちて、中身空っぽの人を模った物体だった。ふとした瞬間、君の影を追っては無意味だと後から気づいて、涙が頬を伝うだけの怪しい物体でしかなかった。
もう人間に戻れる気がしなかった。
『喪失感』
世界に一つだけ
あなただけの
特別な
オリジナル
他にない
唯一無二
残り一点
完全受注生産
数量限定
季節限定
期間限定
この機会を逃すと二度と出会えないかもしれない。
私が心惹かれてしまう売り文句。
『世界に一つだけ』
静まれ静まれ
お願いだから私の心静まって
あなたに会うたび
いつも胸の内で唱えてる
『胸の鼓動』
「いいか、よく見とけよ」
父は真剣な顔つきでそう言った。次の瞬間、出来立てホヤホヤのたこ焼きに鰹節を掛けたのだ。
鰹節はたこ焼きから放たれる大量の湯気に煽られて前後左右に揺れた。大きく揺れる様はまるで踊っているようにも見えた。
「これはな、父さんじゃないと出来ないからな」
自慢げに笑った父の手が、その時だけは魔法の手に思えた。
「うーわ、変なこと思い出した」
焼きうどんに、仕上げとして鰹節を今まさに掛けようとした瞬間だった。冷蔵庫にあるものをテキトーに切ってうどんと炒めただけの手抜き焼きうどん。玉ねぎともやしの比重が大きくなり、もはや野菜炒めと変わりない仕上がりだ。
休日の今日、ダラダラ一日を過ごしているうちに外へ出かける気力がなくなったから家にあるものでご飯を済ませようと思い料理した。一人暮らしだとテキトーにご飯を作ったところで誰も咎めないから気楽でいい。
「あー、命日墓参り行けなかったからか。祟られたかな」
キッチンの後ろに飾っているカレンダーを見やる。先週の水曜日に印がついていた。
「来週行くか」
私は気を取り直して焼きうどんに鰹節を掛ける。焼きうどんの湯気に当てられて激しく揺れる鰹節をぼんやりと見つめた。今では私の手が魔法の手だ。
『踊るように』