憧れている人がいた
その人みたいな存在になりたかった
言動や立ち居振る舞いを真似てみた
なぜかみんなが離れていく
その人には変わらず人が集まる
わたしだって同じはずなのに
「君は太陽になれないよ」
それでもなりたいの
「太陽が君になれないのと同じさ」
誰もわたしになりたいなんて思わない
わたしはただその人になって
みんなに持て囃される
幸せな人生を歩みたいの
『太陽』
朝から嫌な予感がしていた。
目が覚めて身支度を整えている時から胸がざわついて落ち着かなかった。朝ご飯を用意しても食欲がなくて喉が通らない。いつも通りの調子が出てこない。徐々に動かしていた体が鈍く重たくなっていた。
結局慌ただしく勤め先の商店へ向かえば、女将にひどく心配された。
「いつも勤勉に働いてくれてるんだ。今日くらい休んだっていいんだよ」
「いえ、私だけ休むわけには」
倦怠感の抜けない体に鞭を打って、とにかく手を動かした。女将は何か言いたそうにしていたが、私の好きなようにさせてくれた。そのことに申し訳ないと思っていたが、今日は何かせずにはいられないのだ。
外で務めを果たしてきた夫が帰ってくる。
先週、夫が所属している部隊の任務が完了したと託けを授かった。今回の遠征はひと月以上もあり、かなり大掛かりだった。それに距離もあったから、帰ってくるのにも時間がかかる。
お慕いした夫が久々に帰ってくる。
そのことで居ても立っても居られないから、朝から落ち着きがなく、胸がざわついているのだと。そう言い聞かせていた。
--カラン カラン カラン カラン
町の中心にある鐘の音が鳴った。どこからともなく張り上げた声が聞こえた。
「帰ってきたぞーー!!」
遠征で外へ出ていた部隊は、必ず町の中心を通る。私は女将に背中を押されるまま、路地を抜けて大通りに出た。大通りには町中の人々が駆けつけて、溢れかえっていた。
どうにか隙間から目を凝らせば、ちょうど部隊が行列で帰還してきたところだ。
私は必死に夫の姿を探した。階級からこの辺りだと予想したところには夫の姿はなかった。おかしい、もう過ぎてしまったのだろうか。夫の姿が見えず落胆していると、行列の最後に目を奪われた。
部隊の行列の最後は、遠征中に大怪我を負った人や亡くなった人の亡骸が担架で運ばれている。痛々しい姿に私はいつも目を逸らしてしまうのだが、今日は逸らすことができなかった。
担架が行列を成すうちの一つ。担架ごと大きな布で覆われていて中がどうなっているかわからない。ただ、布が緩んだ隙間からだらりと腕が垂れ下がっていた。おそらく右腕だろう。その手の甲には、古傷が親指から手首にかけて大きく横断している。夫の手と同じだった。
私は両手で口を覆った。声を押し殺していたが、涙を抑えることができなかった。嗚咽すら我慢して、私はその場で膝から崩れ落ちた。
翌朝、夫と同世代だろう隊員の人から届けられたのは、風呂敷に覆われた夫の右腕と、部隊の紋章だった。
『鐘の音』
何事も面白おかしく楽しんだ人が
羨ましくて仕方ない
『つまらないことでも』
長いまつ毛に少し開いた厚い唇。横でスヤスヤと眠る君の横顔を見つめる。君が朝寝坊した日しか見られない、貴重な瞬間だ。
君の自慢の長い黒髪がひと束、顔にかかる。君を起こさないように、そっと後ろへ撫でつけた。そのまま髪の毛を梳かすように頭を撫でると、君は身じろぎながら擦り寄ってきた。
あまりにも愛おしく、愛らしい行動にたまらない気持ちになった。
抱きしめたい衝動を堪えて、君から手を離した。音を立てないようにベッドから抜け出して、部屋を出た。
料理上手な君にいつも任せきりだから、今日は朝食だけでも用意しよう。
ケトルのスイッチを入れて、君が目覚めるまでに用意するのが目標だと心に決めた。
『目が覚めるまでに』
仄かに漂う消毒液の匂い
廊下の賑わいからかけ離れた静寂の部屋
一定のリズムを刻む電子音
ベッドに横たわり眠っている君
「 」
名前を呼んでも目は開かれない
「 」
手を握っても握り返されない
「 」
君の目が閉ざされて何日経ったのだろう
近くにあったスツールに腰を下ろす
どうにか暇を作ってこの部屋を訪れているが
君の経過はあまり良くないらしい
君の両親と鉢合わせることもあるが
会釈だけして何の言葉も発せてない
そもそもまだ恋人の段階で
お見舞いに来させてもらえてること自体が有難い
本当は真っ先に駆け付けたかった
君がどんな苦しい状態なのか
先生から直接聞きたかった
「目が覚めたら渡したいものがあるんだ」
「こっちの都合で悪いんだけど」
「大事な時真っ先に駆け付けられる立場が欲しい」
目を瞑って君の手を自分の頬に当てる
ここに確かに君の温もりがある
それに安心して涙が滲んできた
君の指が僅かに反応したことに気づくのは
まだしばらく先の話
『病室』