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8/2/2024, 9:30:46 AM

 繁忙期の残業続きで疲れ切った体に鞭を打つ。ちょうどいい温度で湯を張って、ゆっくりと浸かる。
 胸まで浸かると、お湯の温かさに包まれてほうっとため息が出た。クーラーで冷え切った体が芯から温まる感覚がする。あまりの心地良さにウトウト眠気を誘われながら、浴槽の縁に頭を預けた。
 明日は休みで誰とも会う予定がないから、お風呂に入っても入らなくてもいい。汚れた自分に接するのは私だけだから。
 でも歳を重ねるごとに睡眠の質が関わってくるのだと気がついた。夜ぐっすり眠るには、体を温めたほうがいい。それからは休みかどうか関係なく、湯船にまで浸かっている。

「あーーー、明日どうしよう」

 一人暮らしを始めてから、明らかに独り言が増えた。なるべく外で声に出さないよう堪えているが、家だと人目がないから我慢せず口にしていた。今のところ近隣から苦情が来ていないため、多分ポツポツ喋る分には平気だろう。
 手を動かして、肩の方までお湯をかける。足元では急騰の吸い込み口がゴウっと鳴った。

「明日晴れるんだよね確か」

 電車の中にある液晶画面で見た天気予報を頭に思い浮かべる。酷暑と呼ばれる最高気温でカンカン照りらしい。

「あーーー、じゃあシーツ干すか」

 ついでに布団も。あとデニム類も洗おう。
 ゲリラ豪雨が例年より多い今年は、油断して外に干したまま出かけると雨に降られる可能性が高い。明日は一日家から出ないと決めたから、万が一ゲリラ豪雨がきても取り込める。
 だから明日は洗濯日和にしよう。
 こめかみからじんわりと汗が垂れてきた。結構浸かっただろうか。急騰のモニターを見るとたった十分しか経ってない。冬だと二十分でも三十分でも浸かっていられるのに。やはり夏は暑いし堪えられない。
 私はそそくさと湯船から出てシャワーを取った。お湯を抜いて掃除をしたら私のお風呂ルーティンは完成である。ささっとぬるま湯で流しつつ、今日は早く寝ようと決めた。


 実際起きたら日が若干傾きかけてたんですけどね。


『明日、もし晴れたら』

8/1/2024, 6:27:21 AM

 冗談で言った言葉が全部真に受けられる

 心から賛同しても自分の意見がないと言われる

 多くの約束を守っても些細な一回で信用されなくなる

 勘違いのまま発言して嘘つき呼ばわりされる

 勝手に他人からのイメージを押し付けられる



 別にいじめられてない

 ハラスメントも受けてないし

 暴力を振るわれたわけでもない

 ただどうしても

 相手の何気ない一挙一動に過敏になるだけ

 多くは杞憂に終わって心が疲れるだけ



 だったら最初から一人でいい


『だから、一人でいたい』

7/30/2024, 3:31:14 PM

 嫌なところ、汚れたところ、腐ったところが
 視界に入るたび不愉快で仕方ないから
 瞳を濁さないと生きていけない人生です


『澄んだ瞳』

7/29/2024, 11:49:13 PM

 公共交通機関が動いていたら
 出勤や登校しなきゃいけないの
 マジでどうにかしてくれ

 行けちゃうの
 行けちゃうのよ
 迂回ルートがありすぎて


『嵐が来ようとも』

7/29/2024, 10:00:23 AM

 遠くにいても聞こえてくる音頭
 釣られてフラフラ歩いていけば
 焦がし醤油の香ばしい匂いがして
 人目も憚らずお腹がくうと鳴った
 
 地元の自治会が集会所で
 こぢんまりと毎年開催する夏祭り
 目玉は夕方から始まるビンゴ大会
 景品は台所の日用品がほとんど
 いつも二回は回してくれるけど
 今日は流石に時間が遅すぎた

 私が会場に着いた頃はビンゴ大会終了後
 一般参加の人はもう解散していて
 残っていたのは運営した人たちのみ
 繰り返し流れる音頭に合わせて
 櫓の周りで盆踊りをしていた

 お腹が空いた私は匂いに釣られて
 フラフラ フラフラ
 とにかく香ばしい匂いの元へと
 フラフラ フラフラ

「あらやだミオちゃんじゃない」

 名前を呼ばれて足が止まる
 振り返れば幼馴染のお母さん
 ぺこりと頭を下げれば
 幼馴染のお母さんは嬉しそうに笑った

「今ハルカ呼ぶね」

 特に約束していたわけではない
 ただフラフラとたどり着いてしまっただけ
 そう言い訳する前に幼馴染はやってきた
 焼き鳥片手に現れたハルカは
 昔よりもうんと美人になっていた

「やきとり……」

 久しぶりの再会にも関わらず
 挨拶の前にお腹が鳴った

「今日焼き鳥ある日だよ」

 そうして指差された場所は
 昔と変わらない焼き鳥屋さんがあった
 もう店じまいなのか片付け始めていた
 慌てて駆け寄りパック詰めされた焼き鳥を買った
 タレのかかった焼き鳥が六本入っていた

「全部食べるの?」
「夕飯だよ」

 目を丸くするハルカに自慢げな物言いになった
 待てずに一本抜いてかぶりつけば
 香ばしい匂いが鼻から抜けていった

「うまい」
「うまいよね」

 食べながら櫓の前に置かれたベンチに誘導された
 腰を下ろして落ち着けても私は口を動かしていた

「急に呼ばれてびっくりしたよ」
「うんごめん」
「いやいいんだけどさ」
「久しぶり」
「成人式ぶりでしょ」
「確かに」

 ハルカは食べ切った焼き鳥の串を持て余してた
 すかさず私が持っていた焼き鳥を勧めたが
 散々食べたと断られた

「土曜日も仕事だったの?」
「まぁ不定休だから」
「そっかお疲れ様」
「ハルカはバイトだっけ」
「今日休みなの」

 私とハルカの服装はチグハグだった
 私は仕事帰りのスーツ姿で
 ハルカはお祭りの衣装だった
 鯉口シャツに腹掛けと股引きを履いた姿だ

「今年暑いから御神輿大変だったでしょ」
「確かに暑かった」
「だよね」
「でも差し入れがアイスとビールなの」
「最高じゃん」

 私が羨ましそうに見れば
 ハルカはおかしそうに笑った

「来年参加する?」
「うわ絶対ぶっ倒れる」

 悲惨な状況を想像して私が顔を歪ませると
 ハルカの笑い声がより大きく響いた
 久々の再会に話が盛り上がって
 気がつけば会場が閉まる寸前だった

「ごめん長居した」
「全然」

 ゴミもらうねとハルカが手を差し出した
 私は結局六本全部食べ切り
 空っぽのプラスチック容器と串を渡した

「来年も焼き鳥食べにおいでよ」
「来年もあるの?」
「土曜日ならね」
「じゃあ行く」
「せっかくならビンゴ大会からおいでよ」
「わかった絶対蚊取り線香ゲットする」
「欲しいなら私が当てたやつあげるよ」
「バカ自引きがいいんだよ」
「わかってるって」

 後ろ髪引かれながらも手を振る
 ハルカも手を振り返した

 子どもの頃とは違って
 夏休みが明けても会えることはない

 音頭が鳴り止んだ静寂の中で
 日が落ちても蒸し暑くて滲む汗を感じながら
 約束しないと会えない年齢になったんだ
 と物思いに耽っていた


『お祭り』

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