仄かに漂う消毒液の匂い
廊下の賑わいからかけ離れた静寂の部屋
一定のリズムを刻む電子音
ベッドに横たわり眠っている君
「 」
名前を呼んでも目は開かれない
「 」
手を握っても握り返されない
「 」
君の目が閉ざされて何日経ったのだろう
近くにあったスツールに腰を下ろす
どうにか暇を作ってこの部屋を訪れているが
君の経過はあまり良くないらしい
君の両親と鉢合わせることもあるが
会釈だけして何の言葉も発せてない
そもそもまだ恋人の段階で
お見舞いに来させてもらえてること自体が有難い
本当は真っ先に駆け付けたかった
君がどんな苦しい状態なのか
先生から直接聞きたかった
「目が覚めたら渡したいものがあるんだ」
「こっちの都合で悪いんだけど」
「大事な時真っ先に駆け付けられる立場が欲しい」
目を瞑って君の手を自分の頬に当てる
ここに確かに君の温もりがある
それに安心して涙が滲んできた
君の指が僅かに反応したことに気づくのは
まだしばらく先の話
『病室』
繁忙期の残業続きで疲れ切った体に鞭を打つ。ちょうどいい温度で湯を張って、ゆっくりと浸かる。
胸まで浸かると、お湯の温かさに包まれてほうっとため息が出た。クーラーで冷え切った体が芯から温まる感覚がする。あまりの心地良さにウトウト眠気を誘われながら、浴槽の縁に頭を預けた。
明日は休みで誰とも会う予定がないから、お風呂に入っても入らなくてもいい。汚れた自分に接するのは私だけだから。
でも歳を重ねるごとに睡眠の質が関わってくるのだと気がついた。夜ぐっすり眠るには、体を温めたほうがいい。それからは休みかどうか関係なく、湯船にまで浸かっている。
「あーーー、明日どうしよう」
一人暮らしを始めてから、明らかに独り言が増えた。なるべく外で声に出さないよう堪えているが、家だと人目がないから我慢せず口にしていた。今のところ近隣から苦情が来ていないため、多分ポツポツ喋る分には平気だろう。
手を動かして、肩の方までお湯をかける。足元では急騰の吸い込み口がゴウっと鳴った。
「明日晴れるんだよね確か」
電車の中にある液晶画面で見た天気予報を頭に思い浮かべる。酷暑と呼ばれる最高気温でカンカン照りらしい。
「あーーー、じゃあシーツ干すか」
ついでに布団も。あとデニム類も洗おう。
ゲリラ豪雨が例年より多い今年は、油断して外に干したまま出かけると雨に降られる可能性が高い。明日は一日家から出ないと決めたから、万が一ゲリラ豪雨がきても取り込める。
だから明日は洗濯日和にしよう。
こめかみからじんわりと汗が垂れてきた。結構浸かっただろうか。急騰のモニターを見るとたった十分しか経ってない。冬だと二十分でも三十分でも浸かっていられるのに。やはり夏は暑いし堪えられない。
私はそそくさと湯船から出てシャワーを取った。お湯を抜いて掃除をしたら私のお風呂ルーティンは完成である。ささっとぬるま湯で流しつつ、今日は早く寝ようと決めた。
実際起きたら日が若干傾きかけてたんですけどね。
『明日、もし晴れたら』
冗談で言った言葉が全部真に受けられる
心から賛同しても自分の意見がないと言われる
多くの約束を守っても些細な一回で信用されなくなる
勘違いのまま発言して嘘つき呼ばわりされる
勝手に他人からのイメージを押し付けられる
別にいじめられてない
ハラスメントも受けてないし
暴力を振るわれたわけでもない
ただどうしても
相手の何気ない一挙一動に過敏になるだけ
多くは杞憂に終わって心が疲れるだけ
だったら最初から一人でいい
『だから、一人でいたい』
嫌なところ、汚れたところ、腐ったところが
視界に入るたび不愉快で仕方ないから
瞳を濁さないと生きていけない人生です
『澄んだ瞳』
公共交通機関が動いていたら
出勤や登校しなきゃいけないの
マジでどうにかしてくれ
行けちゃうの
行けちゃうのよ
迂回ルートがありすぎて
『嵐が来ようとも』