遠くにいても聞こえてくる音頭
釣られてフラフラ歩いていけば
焦がし醤油の香ばしい匂いがして
人目も憚らずお腹がくうと鳴った
地元の自治会が集会所で
こぢんまりと毎年開催する夏祭り
目玉は夕方から始まるビンゴ大会
景品は台所の日用品がほとんど
いつも二回は回してくれるけど
今日は流石に時間が遅すぎた
私が会場に着いた頃はビンゴ大会終了後
一般参加の人はもう解散していて
残っていたのは運営した人たちのみ
繰り返し流れる音頭に合わせて
櫓の周りで盆踊りをしていた
お腹が空いた私は匂いに釣られて
フラフラ フラフラ
とにかく香ばしい匂いの元へと
フラフラ フラフラ
「あらやだミオちゃんじゃない」
名前を呼ばれて足が止まる
振り返れば幼馴染のお母さん
ぺこりと頭を下げれば
幼馴染のお母さんは嬉しそうに笑った
「今ハルカ呼ぶね」
特に約束していたわけではない
ただフラフラとたどり着いてしまっただけ
そう言い訳する前に幼馴染はやってきた
焼き鳥片手に現れたハルカは
昔よりもうんと美人になっていた
「やきとり……」
久しぶりの再会にも関わらず
挨拶の前にお腹が鳴った
「今日焼き鳥ある日だよ」
そうして指差された場所は
昔と変わらない焼き鳥屋さんがあった
もう店じまいなのか片付け始めていた
慌てて駆け寄りパック詰めされた焼き鳥を買った
タレのかかった焼き鳥が六本入っていた
「全部食べるの?」
「夕飯だよ」
目を丸くするハルカに自慢げな物言いになった
待てずに一本抜いてかぶりつけば
香ばしい匂いが鼻から抜けていった
「うまい」
「うまいよね」
食べながら櫓の前に置かれたベンチに誘導された
腰を下ろして落ち着けても私は口を動かしていた
「急に呼ばれてびっくりしたよ」
「うんごめん」
「いやいいんだけどさ」
「久しぶり」
「成人式ぶりでしょ」
「確かに」
ハルカは食べ切った焼き鳥の串を持て余してた
すかさず私が持っていた焼き鳥を勧めたが
散々食べたと断られた
「土曜日も仕事だったの?」
「まぁ不定休だから」
「そっかお疲れ様」
「ハルカはバイトだっけ」
「今日休みなの」
私とハルカの服装はチグハグだった
私は仕事帰りのスーツ姿で
ハルカはお祭りの衣装だった
鯉口シャツに腹掛けと股引きを履いた姿だ
「今年暑いから御神輿大変だったでしょ」
「確かに暑かった」
「だよね」
「でも差し入れがアイスとビールなの」
「最高じゃん」
私が羨ましそうに見れば
ハルカはおかしそうに笑った
「来年参加する?」
「うわ絶対ぶっ倒れる」
悲惨な状況を想像して私が顔を歪ませると
ハルカの笑い声がより大きく響いた
久々の再会に話が盛り上がって
気がつけば会場が閉まる寸前だった
「ごめん長居した」
「全然」
ゴミもらうねとハルカが手を差し出した
私は結局六本全部食べ切り
空っぽのプラスチック容器と串を渡した
「来年も焼き鳥食べにおいでよ」
「来年もあるの?」
「土曜日ならね」
「じゃあ行く」
「せっかくならビンゴ大会からおいでよ」
「わかった絶対蚊取り線香ゲットする」
「欲しいなら私が当てたやつあげるよ」
「バカ自引きがいいんだよ」
「わかってるって」
後ろ髪引かれながらも手を振る
ハルカも手を振り返した
子どもの頃とは違って
夏休みが明けても会えることはない
音頭が鳴り止んだ静寂の中で
日が落ちても蒸し暑くて滲む汗を感じながら
約束しないと会えない年齢になったんだ
と物思いに耽っていた
『お祭り』
「--全てを許せ、と」
テーブルの上にあるアイスコーヒーの氷がカランと音を立てた。頼んでから随分時間が経ってしまったから、グラスの表面には水滴が付いている。隣り合った水滴同士が繋がって、大きくなり、やがて滴り落ちるのを横目で見ていた。かろうじて氷が残っているから、まだそこまで温くないはず。
それでも飲む隙が一切やってこないのは、先ほどから目の前で壮大に繰り広げられている演説のせいだ。
やれ神様がこうおっしゃった。やれお告げ通りにしたら幸せになった。
数年ぶりに会った友達の変わり果てた姿に、私は何も言葉が出なかった。パサついて広がった白髪混じりの髪、化粧気がないにも関わらず荒れ狂った土色の肌、黒く濁って光のない目、血色を失った唇。見た目に気を遣い、惜しみなく自己投資に費やしていた彼女からは想像できないような変貌を遂げていた。
そしてカフェに入ってから永遠に聞かされている神様の話。
彼女が信仰する神様が、どれだけ凄いのか。どれだけ偉業を成し遂げた立派なお方なのか。
身振り手振りを使って大袈裟に話す彼女の手は、細く青白い血管が浮き出ていてシミだらけだ。手だけ見たら、実年齢より十歳以上、上に見られてしまうと思う。
「私は神様のその言葉があったから、コロナ禍で失業してもまた再スタートができたの。『全てを許せ』だなんて、今まで生きてきた中で一度も考えたことなかった。会社も、職場の人も。それだけじゃなくて、今まで私に意地悪してきた人たち全てを許すだなんて。
最初はもちろん抵抗したのよ。でもね、お告げの通り全てを許したら何故か気持ちが楽になったの。今までの私は一体何だったんだろうって。そこから幸せがいっぱい舞い込んできたの!
今お付き合いしている人も神様が引き合わせてくれてね、すぐ意気投合しちゃったの。それでね、この間ついにプロポーズされたの!
嬉しくてたまらなくて、彼と幸せになろうって決心したら、何と私のお腹に赤ちゃんがいることがわかったの! 神様のお告げでね、妊娠しにくいって言われていたんだけどね、良縁と結ばれたから奇跡が起きたんだって!
こんなに幸せなことが次々やってくるなんて。ね、凄いでしょう!?」
興奮気味の彼女がようやくルイボスティーに手をつけた。彼女はホットで頼んだはずだから、もうとっくのとうに冷めているだろうけど。まるで熱々を飲むかのようにチビチビと口につけていた。
私は今だと思って豪快にアイスコーヒーをストローで吸った。混ぜたはずのガムシロップがそこに溜まっていて甘い。勢いをつけすぎたのか、グラスの半分くらいを一気に飲んでいた。
彼女の目が、私に向いた。
「あ、私別に弥生に信仰してほしいとか、勧誘目的で話してないからね」
「えっそうだったの!?」
私が思わず大きく反応すると、彼女は可笑しそうに笑った。
「うん、妊娠と結婚の報告するのに、弥生にはちゃんと正直に話したいから話しちゃったけど。ごめんね、変な話聞かせて」
「あ、いや。変という自覚はあるんだ」
「だって全国民のほとんどがクリスマスを祝って、大晦日に除夜の鐘を聞いて、神社に初詣しに行くのにさ、私やらせてもらえなかったもん。宗教上他の神様を崇めていることになるからダメって。クリスマスがキリスト教、除夜の鐘が仏教、神社に初詣が神道なんだって。いや日本国民ほぼ全員が年中行事か何かだと思ってるでしょって突っ込んだんだけど、うちはうち、よそはそよだってさ」
こんなの変に決まってんじゃん、と彼女は不機嫌そうにムスッとした。
確かに学生時代の彼女は、同じグループの子たちでやるクリスマスパーティーには参加しなかった。除夜の鐘を聞きながら初詣しようと夜に誘っても断られた。厳格なお家柄なのかも、と他の子たちと話していたのも記憶に新しい。当時は宗教のしの字すら話題に出なかったのだ。
だから再会して、突然の宗教談義だったためてっきり最近入教したのだと思っていた。まさか家族がそもそも信者で、その家庭環境で育ってきたとは。
さまざまな宗教団体が世界に存在する中で、信仰する人々はかなり熱心な印象がある。信者を増やすために無茶苦茶な方法を取るという噂だって耳にしたことがある。熱心で時に盲目的、というのが私の中の認識だった。
だから彼女のような、自分と他人と神様をしっかり区別して無理に交わらせない人の方が珍しい部類の人なんだろうと改めて思った。
「今、ちゃんと幸せ?」
私の口から溢れた言葉に、彼女は一瞬キョトンとした。そしてすぐ破顔した。
「うん、幸せ!」
その笑顔だけは、私が知っている変わらない彼女だった。
『神様が舞い降りてきて、こう言った。』
「情けは人の為ならず」
他人に情けを掛けていれば、巡り巡って自分へ良いことが返ってくる。
誰かのために行動すると、いつも空回りする。
空回って転んでばら撒いて怪我をして、
心も体も傷だらけになりながら動いている。
自分は生涯このまま空回りし続けて終えるのだと悟ってしまった。
他人に掛けた情けって、
死後の世界でも自分に返ってきますか?
『誰かのためになるならば』
「このストーリー何?」
バイト帰りに琢也の部屋を訪れた。コンビニでバイトしていると稀に厄介な客に当たる日があって、今日がまさにそうだった。心身共に疲弊した私は琢也に会いたくなって急遽連絡したのだ。
二つ返事でオーケーしてくれた琢也は、家に到着するまでの間ずっと電話を繋いでくれていた。暗い道が少しでも怖くないように、という琢也の心遣いだ。私に向けられたその優しさが嬉しくて仕方ない。
話を切り出されたのはご飯を食べて、お風呂に入って、髪を乾かし合った後だった。ソファに隣り合って座り、スマホを弄りながら寛いでいたら、琢也が突然スマホをこちらに向けてきたのだ。表示されていたのはSNSの投稿した画像で、同じゼミの同期と写ったものだった。
「水野君と撮らされただけだけど」
「はぁ? 距離近くない?」
正直に答えると、琢也は苦虫を噛んだように顔を歪ませた。声は明らかに不機嫌だった。
「そうかな? これでも肩組まれそうになったから必死に避けたんだけど」
「肩ァ?」
あっ余計なこと言ってしまった。
私はのらりくらりと、かわそうとして火に油を注いでしまった。琢也眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで私を見下ろしてきた。
「美菜子、お前隙ありすぎ」
「うっ、ごめんなさい」
「謝られてもさ、別に何の解決にもなんないの。肩組みを避けるのは当たり前だし。それでもこれは顔の距離が近いだろ」
「えっ、そ、んなことないと……」
私は狼狽えながら琢也の手の中にあるスマホを覗いた。
同じゼミに所属している水野君はゼミ長だけど、連絡事項を教えてくれるくらいであまり話したことがない。
この写真も卒業アルバムの話が出て、ゼミのページに載せる写真が欲しいからとアルバム委員の子に無理矢理ツーショットを撮らされたのだ。仲良しアピールがほしいのか「肩組んで」とお願いされたところを私が断固拒否して隣に並ぶだけにしたのだが。よく見たら棒立ちの私の横に並ぶ水野君は、私の方に体を傾けていた。くっついてはいないけど、確かに近いと思われるかもしれない距離だった。
そもそも、琢也と一緒にいるようになってから、異性とは話さなくなっている。琢也がいい顔をしないどころか、こうやってヤキモチをやくからだ。
「本当にごめん、気が付かなかった」
「ていうかこの写真上げたやつも誰? 何がしたいの?」
「えーっと、アカウント名的に多分アルバム委員の子かな。ゼミの仲良しアピールでもしたかったのかな」
「勝手に他人の彼女が勘違いされそうな写真を上げてまで?」
「今度会ったらちゃんと言う」
マジほんとありえねぇ。
琢也はそう吐き捨てて自分の頭をガシガシと掻きむしった。本当にイライラして仕方ない時の仕草だ。私は琢也の膝にそっと手を置いて、俯く彼の顔を下から覗き込んだ。
「琢也、本当にごめんね。私、ちゃんと気をつけるから」
「あぁ」
「男子とは必要なこと以外話してない。この水野君も滅多に話さない。二人きりにもならないようにしてるし、彼氏いることも周りに言ってるよ」
「うん」
「メッセージの返信も、SNSのコメントも。通知受けたらすぐにやる約束、まだ守れてるでしょ? マメに何しているか知りたいって言ってくれたから、行動する前に送るようにしてるよ」
「うん」
「まだまだ足りないところだらけの私だけど。お願い、信じて?」
両手を琢也の膝に乗せたまま、体重を少し乗せる。下から覗き込んで、琢也の目と私の目が合った。そのまま数秒待っていると、琢也の手が頭から降りてきて、私の腰を掴んだ。
フワッと束の間の浮遊感の後、私は琢也の膝の上で向き合うように座らされた。落とさないようにか、今度は琢也の手が私の背中に回ってグッと引き寄せられた。彼のぬくもりに包まれて、安心してしまった。
「ごめん、信じきれなくて」
「ううん、不安にさせた私が悪い」
「美菜子は悪くない。俺が弱いのがいけないんだから」
声のトーンが下がり、琢也が弱々しく呟いた。本人から直接聞いてないけど、噂で元カノが浮気性だったことを耳にしたことがある。きっと琢也は無意識に浮気されるのではないかと不安がっているのだ。
琢也が私の肩に顔を埋めて、ぐりぐりと押しつけてくる。私は頬に当たる髪の毛がくすぐったくて、子供っぽい仕草に思わず笑みが溢れた。
「そんなことないよ。私、察しが悪いから琢也にばかり無理させてるよね? 本当にごめん。でも全部言ってくれるから、私ちゃんと気をつけようって思えるの。だからもっと言ってほしい」
「うん、ありがとう美菜子。愛してる」
「私も」
私は肩に乗っかっている琢也の頭を撫でた。髪の毛を整えるように手を動かしていると、急に琢也が顔を上げた。びっくりして目を見開くと、次の瞬間には唇が重なっていた。
最初は軽く、チュッとリップ音を鳴らしながら合わさっていたが、どんどん重なる時間が長くなっていく。力なく薄く口を開けると、今度は深い口付けに変わった。お互いの舌を絡ませて、彼の首の後ろに手を回してより顔を近づける。気持ちよくてたまらなくなって、もっと求めてしまう。
次に唇が離れたのは、お互いの息が保てなくなったタイミングで、私は琢也から離した手を自分の胸に当てて呼吸を整えた。すると、腰を下ろしているところに少し違和感を感じた。
「あの、さ」
「あー、うん、そうだね」
琢也は自分の腰を私に擦り寄せた。硬く主張する存在が何なのか、疑いから確信に変わって思わず顔が熱くなった。私の様子を揶揄って「真っ赤」と琢也は笑った。
「ね、明日休みだからいいでしょ?」
「えー。もう、しょうがないな」
私が仕方なく返事をすると、身体がまた浮いた。ベッドはすぐそこだからとても短い時間だけど、毎回私を持ち上げて運んでくれる琢也にときめいている。
そうしてベッドに雪崩れ込み、瞼を閉じて降ってくる甘い痺れに酔いしれた。
もっと私を縛り付けて。
私だけを見つめて、考えて、愛してほしい。
『鳥かご』
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150投稿目です。
(どこかで1日に2個くっつけて投稿しているのでこの作品は151作品目になりますが、キリ良くしたかった事情のもと投稿回数を今回だけ強調してます)
いつも本当にありがとうございます。
139作品目の時には言い忘れてすみませんでした。
これからもよろしくお願いします。
時に味方で時に敵
常に公平であり対等の位置に立つ
老若男女問わずに交流する
呼吸か価値観か別の何かか
一つが合えばそれでいい
血の繋がりも育んだ愛情も一切ない
だけど相手を思う気持ちは人一倍
そんな心強い赤の他人と結びつく唯一無二の感情
『友情』