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「このストーリー何?」

 バイト帰りに琢也の部屋を訪れた。コンビニでバイトしていると稀に厄介な客に当たる日があって、今日がまさにそうだった。心身共に疲弊した私は琢也に会いたくなって急遽連絡したのだ。
 二つ返事でオーケーしてくれた琢也は、家に到着するまでの間ずっと電話を繋いでくれていた。暗い道が少しでも怖くないように、という琢也の心遣いだ。私に向けられたその優しさが嬉しくて仕方ない。

 話を切り出されたのはご飯を食べて、お風呂に入って、髪を乾かし合った後だった。ソファに隣り合って座り、スマホを弄りながら寛いでいたら、琢也が突然スマホをこちらに向けてきたのだ。表示されていたのはSNSの投稿した画像で、同じゼミの同期と写ったものだった。

「水野君と撮らされただけだけど」
「はぁ? 距離近くない?」

 正直に答えると、琢也は苦虫を噛んだように顔を歪ませた。声は明らかに不機嫌だった。

「そうかな? これでも肩組まれそうになったから必死に避けたんだけど」
「肩ァ?」

 あっ余計なこと言ってしまった。
 私はのらりくらりと、かわそうとして火に油を注いでしまった。琢也眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで私を見下ろしてきた。

「美菜子、お前隙ありすぎ」
「うっ、ごめんなさい」
「謝られてもさ、別に何の解決にもなんないの。肩組みを避けるのは当たり前だし。それでもこれは顔の距離が近いだろ」
「えっ、そ、んなことないと……」

 私は狼狽えながら琢也の手の中にあるスマホを覗いた。
 同じゼミに所属している水野君はゼミ長だけど、連絡事項を教えてくれるくらいであまり話したことがない。
 この写真も卒業アルバムの話が出て、ゼミのページに載せる写真が欲しいからとアルバム委員の子に無理矢理ツーショットを撮らされたのだ。仲良しアピールがほしいのか「肩組んで」とお願いされたところを私が断固拒否して隣に並ぶだけにしたのだが。よく見たら棒立ちの私の横に並ぶ水野君は、私の方に体を傾けていた。くっついてはいないけど、確かに近いと思われるかもしれない距離だった。
 そもそも、琢也と一緒にいるようになってから、異性とは話さなくなっている。琢也がいい顔をしないどころか、こうやってヤキモチをやくからだ。

「本当にごめん、気が付かなかった」
「ていうかこの写真上げたやつも誰? 何がしたいの?」
「えーっと、アカウント名的に多分アルバム委員の子かな。ゼミの仲良しアピールでもしたかったのかな」
「勝手に他人の彼女が勘違いされそうな写真を上げてまで?」
「今度会ったらちゃんと言う」

 マジほんとありえねぇ。
 琢也はそう吐き捨てて自分の頭をガシガシと掻きむしった。本当にイライラして仕方ない時の仕草だ。私は琢也の膝にそっと手を置いて、俯く彼の顔を下から覗き込んだ。

「琢也、本当にごめんね。私、ちゃんと気をつけるから」
「あぁ」
「男子とは必要なこと以外話してない。この水野君も滅多に話さない。二人きりにもならないようにしてるし、彼氏いることも周りに言ってるよ」
「うん」
「メッセージの返信も、SNSのコメントも。通知受けたらすぐにやる約束、まだ守れてるでしょ? マメに何しているか知りたいって言ってくれたから、行動する前に送るようにしてるよ」
「うん」
「まだまだ足りないところだらけの私だけど。お願い、信じて?」

 両手を琢也の膝に乗せたまま、体重を少し乗せる。下から覗き込んで、琢也の目と私の目が合った。そのまま数秒待っていると、琢也の手が頭から降りてきて、私の腰を掴んだ。
 フワッと束の間の浮遊感の後、私は琢也の膝の上で向き合うように座らされた。落とさないようにか、今度は琢也の手が私の背中に回ってグッと引き寄せられた。彼のぬくもりに包まれて、安心してしまった。

「ごめん、信じきれなくて」
「ううん、不安にさせた私が悪い」
「美菜子は悪くない。俺が弱いのがいけないんだから」

 声のトーンが下がり、琢也が弱々しく呟いた。本人から直接聞いてないけど、噂で元カノが浮気性だったことを耳にしたことがある。きっと琢也は無意識に浮気されるのではないかと不安がっているのだ。
 琢也が私の肩に顔を埋めて、ぐりぐりと押しつけてくる。私は頬に当たる髪の毛がくすぐったくて、子供っぽい仕草に思わず笑みが溢れた。

「そんなことないよ。私、察しが悪いから琢也にばかり無理させてるよね? 本当にごめん。でも全部言ってくれるから、私ちゃんと気をつけようって思えるの。だからもっと言ってほしい」
「うん、ありがとう美菜子。愛してる」
「私も」

 私は肩に乗っかっている琢也の頭を撫でた。髪の毛を整えるように手を動かしていると、急に琢也が顔を上げた。びっくりして目を見開くと、次の瞬間には唇が重なっていた。
 最初は軽く、チュッとリップ音を鳴らしながら合わさっていたが、どんどん重なる時間が長くなっていく。力なく薄く口を開けると、今度は深い口付けに変わった。お互いの舌を絡ませて、彼の首の後ろに手を回してより顔を近づける。気持ちよくてたまらなくなって、もっと求めてしまう。
 次に唇が離れたのは、お互いの息が保てなくなったタイミングで、私は琢也から離した手を自分の胸に当てて呼吸を整えた。すると、腰を下ろしているところに少し違和感を感じた。

「あの、さ」
「あー、うん、そうだね」

 琢也は自分の腰を私に擦り寄せた。硬く主張する存在が何なのか、疑いから確信に変わって思わず顔が熱くなった。私の様子を揶揄って「真っ赤」と琢也は笑った。

「ね、明日休みだからいいでしょ?」
「えー。もう、しょうがないな」

 私が仕方なく返事をすると、身体がまた浮いた。ベッドはすぐそこだからとても短い時間だけど、毎回私を持ち上げて運んでくれる琢也にときめいている。
 そうしてベッドに雪崩れ込み、瞼を閉じて降ってくる甘い痺れに酔いしれた。


 もっと私を縛り付けて。
 私だけを見つめて、考えて、愛してほしい。



『鳥かご』

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150投稿目です。
(どこかで1日に2個くっつけて投稿しているのでこの作品は151作品目になりますが、キリ良くしたかった事情のもと投稿回数を今回だけ強調してます)
いつも本当にありがとうございます。
139作品目の時には言い忘れてすみませんでした。
これからもよろしくお願いします。

7/25/2024, 4:13:13 PM