幼い頃、この空はどこまで繋がっているのか不思議だった。この空を辿るとどこへ行き着き、どんな景色が広がっているのだろう。空の色は変わらず青いのか。夜みたいに青みがかった黒のような、そんな暗い色なのか。もしかしてもっと白っぽい色なのか。まさか、赤なんて奇想天外な色なのか。
大きくなったら、確かめる予定だった。
*
目の前で日が暮れていき、暗くなっていく空。生まれ育った街と違う土地まで来ても、同じように日が暮れて夜になり、日が昇って朝になる。自転やら公転やら、かつて習ったことは忘れてしまったけれど。丸い地球の不思議なシステムで、どの国や海でも同じ空を見上げている。どこまで繋がっているかを追い始めると、地球をぐるぐる回ることになる。幼い頃に思い描いていた空の端っこへは、辿り着けなさそうだ。
この土地へは一ヶ月前、語学留学を名目にやってきた。期間は一年間の予定だが、もうすでに挫けそうだ。留学先のクラスには馴染めないし、ホームステイ先の家族とも上手くコミュニケーションが取れない。知らない土地、慣れない言語、馴染めない生活。どうにも呼吸がしづらくて、今日は学校帰りに寄り道をした。広々とした公園のベンチに腰を下ろして空を見上げる。
この空が自分の知っている街に繋がっているなんて、何度考えても信じられなかった。飛行機で何度も乗り換え、ほぼ一日掛けではるばるやってきたのに。空が繋がっているという事実だけで、自分の生まれ育った街がとても身近に感じられる。
「困ったらいつでも戻っておいで」
飛行機に乗る前に親から投げかけられた言葉を思い出した。
そうだ、空は繋がっているんだ。
いつでも帰れる。
私は立ち上がって歩き始めた。ホームステイ先の家へ向けて。もう少し、なんとか頑張ってみようと思えた。
日が暮れかけた空は茜色に染まっていた。
『遠くの空へ』
尊さと
羨ましさと
愛おしさと
憎らしさと
誇らしさと
悔しさと
楽しさと
苦しさと
嬉しさと
悲しさと
賑やかさと
寂しさと
ポジティブとネガティブを同時に感じて
口の中で複雑に混ざり合って
苦虫を噛み潰したような顔をしたかもしれないとき
『言葉にできない』
澄みきった青い空
暖かくて柔らかい陽射し
肌を撫でる爽やかな風
みずみずしく生い茂る木々の緑
仄かに色づく桃色のソメイヨシノ
天まで届きそうな黄色い菜の花
全てが眩しく真新しい
輝きに満ちたはじまり
『春爛漫』
唯一無二の親友でした。
出会ったのは、小学一年生の頃。満開だった桜が風に揺られて舞い上がっていました。
散りゆく桜を私は捕まえようと、夢中になって走り回ってました。突然、強い風が吹いてバランスを崩して、転びました。
風が止み、涙を堪えている時に声をかけられました。顔を上げると、そこにはとても綺麗な女の子がいました。こちらに伸びた彼女の手を握ると引っ張り上げて起こしてくれました。
砂を払っていたら私の手のひらと膝に擦り傷ができていて、血が滲んでいました。知らない子の前だから気丈に振る舞うつもりでしたが、彼女はとてもビックリしていて。次の瞬間には私の手を取って歩き出しました。その後は校舎の水道に連れて行かれて水で洗い、保健室に連れていかれました。
そこから話すようになって、休日に遊んで、中学も高校も大学も同じところへ進みました。クラスは離れてしまうこともありましたし、私も彼女も他に友達ができることもありました。
でも、私たちはお互いが一番の親友でした。それだけは、確信しています。
同じ職場へ就職することは難しく、別々のところで働き出しました。私は初めて離れたからすごく不安で仕方なかったのですが、彼女は笑ってこう言ったんです。
「もしどこか遠くへ行っても、私とあなたは運命共同体だよ」
って。
働き出して目まぐるしい日々を送る中、だんだん連絡が途絶え気味になってきました。お互い忙しいから仕方ない、繁忙期を過ぎればまた会える。そう言い聞かせて彼女からの連絡を待ちました。
一週間、一ヶ月、半年……。もっと胸が張り裂けるような、壮絶な感情に支配されると思っていましたが、案外へっちゃらでした。そのうち、彼女を待つという意識すら忘れてしまいました。
だから、連絡が途絶えて一年と一ヶ月あまりの日。
突然、彼女が現れた時は驚かされました。
元々美人な子だったけれど、さらに垢抜けて華やかな雰囲気でした。身に付けているものは高級なブランド品ばかりでしたし、明るい髪色と濃いメイクでより美しさを際立たせている感じでした。甘くて艶やかな香りも、私が知らない彼女そのものでした。
あまりの変わりように私は言葉を失いました。彼女も特段身の上話はしませんでした。会えてなかった約一年の間に何があったのか。今でも分かりません。
唯一、彼女が口にした言葉は、
「どこまでも一緒にいようね」
と。
私は頷きました。また彼女と一緒にいられるなら、たとえ地獄だろうと行けると心から思ったんです。
でも同時に、いつもと雰囲気が違う彼女に対して少し怯えていました。身なりは大分派手でしたが、彼女です。でも、目の奥が笑っていないというか、冷め切ってしまっていたというか。まるで心の奥でとんでもなく恐ろしい獣でも飼っているのではないかと。
彼女はもしかして、何かよからぬ事を企んでいるのではないか。
一度疑ってしまうと、どうにも怖くて。怖くて怖くて、仕方ありませんでした。
だから、怖くない彼女に戻ってもらおうと思いました。
私が、他の誰よりも、ずっと、彼女のことを知っていた頃に。
後は、皆さまがお調べしてくださった通りです。
抵抗する彼女をなんとか床に倒して、重たい花瓶で頭を殴りました。いかんせん大まかな計画しか立てていなかったので、指紋を拭き取って、この町へ逃げ込みました。ありきたりな殺人事件のはずなのに、私のところまで辿り着くのが遅かったから逆に焦ってしまいました。
どうぞ、任務を遂行なさってください。
私はもう逃げも隠れもしません。
私のことをよく知っている彼女が、かつてこう言ってくれました。
「堂々としているから間違っていても分かりづらい」
と。
『誰よりも、ずっと』
朝起きておはようと挨拶をして
寝ぼけながら美味しいご飯を食べて
のんびりしすぎて慌てて家を出て
窮屈な満員電車に乗って
遅刻ギリギリで教室に飛び込んで
眠気を必死に堪えてノートを書き写して
お弁当を食べながら恋バナに花を咲かせて
部活で思いっきり動いて汗を流して
友達と下校途中にコンビニでアイスを食べて
電車の中で寝過ごしそうになって
家に着くと温かくて美味しいご飯の匂いがして
家族全員揃って食卓を囲んで
ゆっくりお風呂に浸かって
好きな人からメッセージが届いて舞い上がって
嬉しさのあまり友達に報告の電話をして
いつの間にか寝落ちしてしまって
こんな日々がいつまでも続くと思っていた
『これからも、ずっと』