夜半に吹き荒れた雷雨はようやく収まりはじめた。
今、私の耳を揺らすのは、木々を伝って落ちる柔らかい雨音だけだ。私は森の動物達と一緒に洞窟へ飛び込み、風と雷鳴に怯えながら朝を待っていたのだ。
稲妻が空を駆けるたび、動物達の瞳は暗闇の中でギラリと光る。暴れる者は一匹もおらず、狭い空間で静かに肩を寄せ合った。朝がきて明るくなればここから出よう。
これは、嵐の森を逃げ惑う哀れな迷子の物語。
…と。そう思って。思って強く、思い込んでみた。
メルヘンチックな現実逃避に成功した私は、死の恐怖もドラマチックに克服しつつある。
ここは森の洞窟で、ロッカーの中じゃない。
これは森の動物で、着ぐるみの制服じゃない。
あの光は雷光で、殺人鬼の掲げたライトじゃない。
あのうるさいのは雷鳴で、銃声なんかじゃない。
これは雨音で、したたる血溜まりなんかない。
朝になったらここから出よう。
朝になったらここから出たい。
朝になったらここから出よう。
…ああ、あの光は朝焼けかな。
今ならここを逃げ出せるかな。
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「柔らかい雨」
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所感:
好きなタイプの素敵なお題だったというのに、好きすぎて駄目な方向にしか話を考えられませんでした。夢見たまんまバッドエンドです。
「えっ、また勝ったの!ってアタリマエか」
「さすが戦一筋の光の戦士サマだ」
「何ナニ?常勝って言葉、地味にストレス?」
英雄だって人間だ。
誰にだって出来ることと出来ないことがあり、僕が英雄と呼ばれるようになったのは、ただ自分に出来そうなことばかり選んできた結果でしかない。
英雄だって所詮は人間だ。
あんまり誉めそやされると居心地が悪くなるし、褒められてるのか嫉まれてるのか分からなくなると、ちょっとした反抗心に駆られてしまう時もある。
人間は結局人間でしかない。
だから。もう少し頑張れば僕だって世界を掌握できるって、気付いたのが間違いだったんだ。やれば出来るんだからやってみよう、なんて気軽な悪戯心。
光はその裡へ常に闇を包んでいる。
英雄もいつだって魔王になれるんだ。
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「一筋の光」
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所感:
ハハハこういう闇堕ちは気軽で良いですね。笑い事か。
「推し一筋」「嫁一筋」「研究一筋」などなど、お題に色んな単語を足してみた結果、光の戦士になりました。
「私は生きています」
世界に存在する魂の数は一定だ。あらゆる魂はこの地球上で輪廻を繰り返しながら新しい生を目指す。
そんな天上の理を知る由もない人類は、文明発展の勢いに任せ、多くの動植物、時には細菌までも絶滅させた。行くべき道を失った魂は続々と人間へと生まれ変わり、世界人口は限界まで膨れ上がる。
やがて人類の繁栄期も終わり、今度は人間が絶滅を迎える順番がきた。しかし地上の生物は既に死に絶え、膨大な魂の生まれ変われる身体がない。
そのとき神は廃墟で立ち尽くす機械にふと目をとめた。
彼らはここに存在しており、その頭には知性があり、資源と活力が有れば自己増殖できる。ならば魂の入れ物としては充分ではなかろうか。
「私は 生キテ いマス」
低電力モードのせいで品質の落ちた声。
旧式アンドロイドの表情は固く、フェイスカバーの剥げた隙間からは集積回路が透け、哀愁をそそる。
全てが滅んだ世界でついにAIは魂を持つに至った。
もうそれを喜ぶことのできる人間はいないけれど。
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「哀愁をそそる」
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所感:
お題に対し、情けなさや嘲り、笑いといった要素を付加させず、ただただ悲しみだけを味わえる情景をさがしたら、また人類が絶滅しました。いつもすみません。
いやあ、初めは僕も不思議だったさ。
あの鏡は壁に作り付けなのかと訊くと、実は大型のモニターなのだと教えられた。
じゃあ鏡の中の自分は、いや、あのモニターの中の自分は何だ、まるで鏡みたいに僕と同じに動いてるぞとツッコんでやったら、あれはアバターだとかという。
部屋のあちこちの感知器と隠しカメラ(おいおい、そんなの聞いてない!)が僕の動きを捕捉して、リアルタイムでアバターの動作に反映させているんだと。
そんな話を俄かに信じられるか?つまらない冗談に決まってる、君だってそう思うだろう?
…けど、本当なんだよ。
あれは人間らしい暮らしを望む吸血鬼達のため、QOL向上施策の一環として用意された大掛かりな装置なんだ。
鏡に映る自分の姿を見ることができる幸せってやつ?
だから驚かなくていい。
あそこに姿が映ってない君は、普通の人間ってことさ。
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「鏡の中の自分」
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所感:
お題をいかに自然に本文に混ぜ込むかばかり考えています。鏡の中の自分は本当に自分の姿なの?というハテナから吸血鬼をお呼びしました。
眠りにつく前に嗅いだ匂いが夢に現れるってこと、誰でも経験があるんじゃないかな。よくある話だと、キッチンから漂う夕ご飯の香りがそのまま夢に出てきたり。
今朝に限って夢にあなたが現れなかったのは、昨日、布団もシーツも全部取り替えて、なんならマットレスも捨てて寝室を大掃除しちゃったからかな。
すっかりきれいになった部屋は開けたばかりの芳香剤のせいもあって、まるでモデルルームみたい。
匂いも血痕も、あなたの痕跡は何も残ってない。
ちょっとだけ残念。
まっさらなベッドで次は誰の夢をみよう。
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「眠りにつく前に」
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所感:
おやすみ前の一押しの香りはオレンジです。
すっきり気分良く眠りにつけます。