そんじゅ

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10/20/2022, 9:55:31 AM

すれ違い、空回る。

二人の間に時折そんな隙間があることを、今はまだ少し気楽に感じてしまう。

心も気持ちも行動も寄木細工のようにぴったり噛み合う関係は、それは本当に心地よいものだろうか。譲る余裕も逃げ道もなく。片方に掛かった負荷はそのまま反対側に食い込んで、圧に負けたところからひび割れ始める。痛いだろう。苦しいだろう。

ああ。いっそ、自我を押し合う高熱で互いが融けて、混じり合ってひとつになれば、それはいつまでも安定した異形になれるのか。

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「すれ違い」

10/19/2022, 9:59:34 AM

空がいちだんと高くなった。

上空は風がずいぶん強いのだろう。さっきまで大群で移動中だったひつじ雲はみるみるうちに柔らかく溶け、もこもこの毛並みを活かした薄手のラグが広々と敷き詰められつつある。

二人並んで歩くとき、定まらない視線の行く先はたいてい空へ向かってしまう。ちょっと見上げる感じであなたの横顔を見てから視線を逸らせば、そのまま空が目に入るという寸法で。

綺麗な秋晴れですね、だとか、鳶がいますよ、だとか、今流れ星が!だとか。

顔を合わせるたびにいつもそんなことばかり話し掛ける私は、きっと自然好きだと思われているだろう。
そうだけど、そうじゃない。
本当はあなたをずっと見ていたいだけなのに。

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「秋晴れ」

10/18/2022, 9:59:39 AM


出会った日、二人で初めて一緒に食べたのはクッキーだったなんて全然覚えていなかった。

それはスライスアーモンドとチョコがザクザク入ったドロップクッキーだったとか。アメリカンスタイルでやけに厚みのあるその一枚を半分こして食べたんだ、とか。
そうだっただろうか。本当に覚えがない。

むしろその日の夕食のことはちゃんと記憶にあって、それが私にとって二人の最初のご飯だったのだけど。

「あなたがくれたものは全部覚えてる」

俺にとっては忘れたくても忘れられない思い出ばかりなんだよ、と少し拗ねた声と照れ臭そうな顔を、私はずっと覚えておこう。

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「忘れたくても忘れられない」

10/17/2022, 9:59:36 AM

マグカップ片手で読書に耽るあなたの横顔を、蜜柑色のやわらかな光が縁取っている。

毎日違うグラデーションで世界を茜に染めながら、夕日が山の向こうに隠れてしまうまでのひととき。外の景色をのんびり楽しむこの時間が私は好き。過ぎ去る秋の背中越しに冬の足音が聞こえてくるこの季節は、窓から差し込む夕暮れの日差しが一年で一番甘い輝きを帯びる。

それに今日はあなたも傍に居る。

太陽を追うように、空の高いところから少しずつ淡い紫色の夜がやってきたのを眺めながら、隣でくつろぐ静かな姿をそっと見る。そっと。

「どうしたの」

そっと見ていたはずなのに、いつの間にかあなただけが視界にあって、ただ見惚れていたなんて言えるわけなかった。

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「やわらかな光」

10/16/2022, 9:17:24 AM

あなたには嘘をつけない。

ばれたら叱られるとか、やましい気持ちに耐えきれなくなるとか、そんな理由じゃなくて。
ただあなたが全て見抜いてしまうから。

もう随分前なのだけど、私が小さな嘘をついた夜のことは今もはっきり覚えている。ちら、とあなたは鋭い眼差しで私の顔を見て、ふっと一瞬で表情を変えた。
それが怒りではなく憐れむように微かな笑みだったから一層恐ろしく、私は心底恥じ入り、そして素直に謝った。

「嘘は駄目だよ。分かってしまう」

言えないことなら初めから何も言わなければ良い、無理に聞き出すことはしないからね……と、よく分からない理屈で慰められ、あれが、二人の間の最初で最後の嘘になった。

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「鋭い眼差し」

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