そんじゅ

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10/15/2022, 5:44:10 AM

あまりに高いところまで揚がってしまったから、糸巻きを掴んだ手には凧を攫っていく風の感触すらもう伝わってこない。途中、糸を一度結び足したから高度は大体200メートル位だと思う。最初は青空にきっかりと映えるオレンジ色がきれいだったのに、もう目を凝らしてみても胡麻ほどの小さな点にしか見えない。

空を悠々と泳いでいるいくつもの凧が、不意に水族館の大水槽の景色と重なった。透明な檻の中で行き場のない自由と、無限へ続く空の下で頸木をひかれる不自由。
あの凧は地上へ戻りたいだろうか。

「力を抜いちゃいけない、風に持っていかれるよ」

ぼんやりしていた私の手を、包むようにあなたが強く握った。からになった糸巻きには噛み付くように固く糸の端が結ばれている。空に吸い込まれそうだった私の心を、この温かな手が繋ぎとめてくれた。

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「高く高く」

10/14/2022, 9:57:52 AM

私の数少ない余興の持ち札、それはダンス。
その時々の流行り歌の振り付けをかっちり再現する。

隠しているものを出すから隠し芸とはよく言ったもので、日頃踊りなんてまったくしなさそうな人間が真面目な顔のままいきなりヌルヌル動き出すと、これがまあまあよくウケる。

であるからして、盛り上げのコツはただ一つ。

どれだけせがまれてもアンコールに応えないこと。だって本人のキャラクターとダンスという相容れないギャップが面白味を生んでいるのだから。これが見慣れた光景になった途端、魔法は全てとけてしまう。
ちなみに完コピ前提なので、上手く踊ることはコツですらありません。

……なんだけど。

今日は初めてのメンバーでの打ち上げだったから場を和ませるのにちょうど良いかと最近SNSを席巻している曲を披露してみたら。あなたが予想外に子供のような笑顔を向けてくれたので。頼まれてもいないのにサビのフレーズをも一度踊ってみせたのでした。

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「子どものような」

10/12/2022, 3:48:15 PM

「青春ごっこ、したことあるの」

そっと打明け話をしてみたらあなたは予想通り少し戸惑った表情をした。これだけで終わる話でもないから、気にせず言葉を続ける。

学校帰りに家の前を通り過ぎてそのままずっと夕陽へ向かって走ったの。何だか突然、若者らしいことをしてみたくなって。でもね、ごっこ遊びだから、制限時間は山の端に太陽が隠れてしまうまで。

真っ赤な夕焼けは眩しくて、温かくて、追いかけているだけでとてもワクワクしたよ。どこまでも行けるような気がしたし、どこへでも行ける自信だってあった。けど暗くなった頃辿り着いたのは結局、隣町の端っこでさ。
少しがっかりもしたけれど、これは私の足が遅いんじゃなくてこの大地が遥かに広いんだと、気分は却って清々してたのが、今思うとそれなりに青春感あるね。

「今も?今もここを出て何処かへ行ってしまいたくなったりするときがあるのかな」

ふと思い付いた顔で、けれど真面目な瞳で訊ねてくるあなたは何を心配しているんだろう。いつだって私はここに戻って来るし、むしろ何処かへ行くのなら……
「そのときは二人一緒にね」

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「放課後」

10/12/2022, 7:59:12 AM

寒がりだからカーテンを冬物に付け替えるとき素材や丈の選択には散々こだわった。その甲斐あって、二月の朝でも窓越しの冷気が足元へ流れ込んでくることはない。快適な室内環境を得て満足していたのに。
「おはよう。今日は良い天気だよ」
口調だけは優しいけれど容赦なくカーテンを開け放つあなた。満面の笑顔で、人間は起き抜けに日光を浴びれば健康的に一日を過ごせるんだと言い切られたら、やめてほしいと言い出せなくなった。毎朝几帳面に生地のドレープを整える仕草はもはや何かの儀式のようだ。
真冬の鈍くかすかな陽光があなたのシルエットを縁取り淡く光らせているのを、布団にくるまったままぼんやり眺めている。これは、寒いけど、暖かい。

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「カーテン」